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Meze audio Empyreanの私的インプレッション: 銀河の調和


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「火と水に調和を」

ペジテの挨拶



Introduction:


現代のハイエンドヘッドホンシーンに足りないものがあるとすれば、それは何だろう。

例えば、フォルムの美しさだけではなく装着感をも含めたプロダクトデザインの妙と、優れて先進的なサウンドとがとけあことだろうか。

それらが高い次元でバランスしている製品を私はまだほとんど見ていないような気がする。


今やUtopia、Susvaraのような10年前の黎明期には想像さえできなかった音の力を持つ高性能機たちが次々と誕生し、昴(すばる)のように輝きを増しはじめている。中にはD8000のようなひときわ明るい光を放つものも現実に存在する。ヴィンテージを含めればもはや数えきれないほどのヘッドホン・イヤホンに関係する機材が、群れをなして輝く様は、かつての大銀河であるスピーカーオーディオから分裂してできた小さな銀河系のように見える。


しかし、その新しい銀河系の中ではオーディオ的な性能の向上ぶりとは裏腹に欠乏や矛盾も生じている。例えば、それを聞く前にヘッドフォニアの心を掴むような、優れたデザインを誇る機材が少ないと私は感じている。さっき挙げた代表機たちを見回しても、音は素晴らしくてもグッドデザイン賞を貰えそうな機材ではない。

メーカーのデザインセンスがどうも硬くて、スクエア過ぎるのかもしれない。あるいはヘッドホン以外のものをデザインした経験がない人が、ヘッドホンのフォルムを決めているからかもしれない。またはヘッドフォニアが多くのハイエンドオーディオファイルと同じく、お洒落に関心がないのかも。

とにかく音の良さに見合うほどのデザインの美しさを備えていない製品が多いよう


また、Final D8000のような圧倒的な高性能を秘めたヘッドホンが現れたからには、それとは全く異なる音質や同等以上の品格を有するカウンターパートが表れ、バランスを取ることが必要という視点からこの界隈を見ることもできる。全く異なる音質的立場に立って相互にバランサーの役割をするようなヘッドホンたちが次々と現れることこそ、私のように先を急ぐヘッドフォニアにとっては望ましい。つまり高音質の独占は望ましくないという考え方である。その種が繁栄しているかどうかは、その種が多様性をどれくらい持っているかで判断するという現代生物学の理屈をオーディオにも採用していると言い換えてもいい。

HE-1のカウンターパートとして、まるで幻のようにShangri-laが出現したように、このクラスにおけるバランサーはもっと必要だ。

例えが突飛なのだが、

アナハイムエレクトロニクスがユニコーンガンダムのカウンターパートとしてネオジオングを建造し袖付きに譲渡したように、我々も新たな切り札を受領すべきだとは思わないか。


ここでは、これまで何度か環境を変えながらプロトタイプの試聴を重ねてきたMeze audio Empyreanのインプレッションとそこから連想される、幾分ステロタイプな取り留めのない話をしようと思う。とにかく独創的なこのヘッドホンを何度か手にするうちにどうしても何かを書きたくなってしまったのである。



Exterior and feeling :


Meze audio Empyreanのハウジンググリルからアーム、スライー、ヘッドバンドに至るデザインの美しさには、どのようなハイエンドヘッドホンも敵わない。

このフォルムの流麗さはスタートレックシリーズ主役U.S.S.エンタープライズを意識したものだと聞く。かつて熱烈なトレッキーであった万策堂にしてみれば、忘れていた血が騒ぐトピックだろう。尖ったスプーンのようなハウジングの形からすればソブリン級の強襲探査艦NCC-1701-E、いわゆるエンタープライズEを参考にしたと取れる。だが、この艦はボーグとの戦闘を考慮して、探査よりは戦闘的な意味合いを込めドーサルネック(第一船体と第二船体をつなぐ首の部分)を省略したデザインであることを思えば、このヘッドホンの形状とは若干異なる。ドーサルネックに相当する部分としてハウジングをまたぐように引き延ばされたような形をしたアーム、あるいはMEZEのエンブレムの刻印されたスライダーがあり辻褄が合わない。やはり銀河を飛ぶ白鳥と評されるU.S.S.エンタープライズD、NCC-1701-Dのストリームラインをも取り入れたものと信じたい。 Empyreanを初めて見た時、くだんのソブリン級 弐番艦の勇姿とともに火星のユートピア・プラニシア造船所にて建造された、このギャラクシー級の参番艦のイメージが私の脳裏にちらついた。

これはトレッキー以外にはどうでもいい話だが、とにかくそういう遠い未来から来た宇宙船・オーパーツのような雰囲気がこのヘッドホンには漂っていると言いたいだけだ。

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また、この先の尖った卵型をしたハウジングからアーム、そしてスライダーからヘッドバンドに至る芸術的な曲線と直線の連続の見事さは最近のヘッドホンオーディオの発展の成果を象徴している。これらが何種かの金属やカーボン、皮革といった異素材の組み合わせで出来ていることもテクノロジーの進歩を示しているはずだ。なお、ここに使われる金属のパーツはダイキャストや3Dプリンターからの出力ではなく必要な硬度を持った金属塊からの削り出しである。日本の組子欄間、あるいはゴヤールの杉綾模様のようなハウジングのグリルさえ単なるパンチングメタルではないらしい。これも必要な剛性を得るために金属の板から削り出されたものだとか。さらに、これら各パーツの結合部はクリアランスを極めて厳しく取って、接着剤なしの直接嵌め込みによって十分な強度を得ているという。 Empyreanの美しいエクステリアは手間のかかった造りが支えている。

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このヘッドホンのヘッドバンドは今までになほど広くて柔らかい。正面から見たときの頭頂部にフワリと乗っかったような形も絶妙なものであり、フカフカして分厚いイヤーパッドとともに、こいつを手に取り、装着する者に忘れがたい印象を残す。

この大きなヘッドバンドは、決して軽いとは言い切れないEmpyreanというヘッドホン本体の重さを頭蓋の表面全体に均等に分散させる。側頭部にストレスをかけないイヤーパッド、ヘッドホンの構造全体が自動的な調整で最適な側圧になるように設計されていることなども巧妙である。実際に装着すれば400gという重さが嘘のようである。デザインが良いだけでなく、装着して実際に体感する重さをいかに軽減するかにも設計の力点が置かれている。

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現代のハイエンドヘッドホンで最も軽いATH-ADX5000は270g、ハイエンドヘッドホンの代表機としてHD800は370g、愛用しているD8000は523g、同じくFinalの密閉型フラッグシップSonourous Xが630g, 重いことで有名なAbyssのAB1266が620g, これまた重くて有名なLCD4は600g、さらにその改良型のLCD4z Magnesiumが450gとされている。こういう中で400gのEmpyreanは重いとすべきか軽いとすべきか、意見は分かれようが、とにかく、Empyreanの場合は装着したときに感じる重さはダイレクトにヘッドホンの重量の数値を反映していない。試聴者が体感する重さはヘッドバンドやアームの設計によっていかようにでも変化しうるものだとEmpyreanは証明している。愛用しているD8000のアーム・ヘッドバンドはデザインにしろ、装着感にしろ、音響に与える影響にしろ、あまり良い点数をあげられるものではない。それでもこれほどの音質とオーナーの満足感を勝ち得ていることは流石だが。

FinalにMAZEのようなデザイン力があったなら、D8000はどんなヘッドホンになっていたのだろう。


イヤーパッドは磁気で本体とくっつく形であり、比較的容易に取り外せる。

デフォルトのイヤパッドはやや厚いので、少し薄いものに換えたい場合に簡単に交換できるかもしれない。なお、このイヤパッドの基部にはフェロ磁性と呼ばれる性質を持つ金属が採用されている。これはドライバーに使われている磁石の磁場によって磁化する金属であり、この仕組みによってイヤーパッドが本体にくっつくわけだが、この仕組みの副産物としてドライバーの磁力も向上し、駆動力が増すという。こういうカラクリも今まであまり聞いたことのないものだ。

Meze audio Empyreanの振動版に用いられるテクノロジーは平面磁界駆動型ドライバーの分野では初登場のものである。この技術自体はMEZEのものではなく、ウクライナのRINAROという会社が開発したものだ。基本的な仕組みは平面駆動型のドライバーに準じるが、上部に低域用のスイッチコイル(登山鉄道のスイッチバックのような形をしている)を、下部に中高域用のスパイラルコイル(渦巻き型のコイルである)を配置する。2つの平面駆動型ドライバーを同一の平面に配置を工夫して並べることで低域の減衰を防ぎ、理想的な周波数バランスを実現しようとしているらしい。ただ、二つの異なる周波数帯域を同じ膜の上でカバーしようとすると、膜が予想もできないたわみ方をして、膜自体が破れてしまうのではないか。この危惧が杞憂かどうかは、Empyreanを自分で買ってテストしてみる他にないような気がする。できればそうするつもりだ。また、この振動版の上に被さるドライバーを支えるフレームは頑丈な削り出しの格子状のパーツであり剛性が高そうである。高域を受け持つスパイラルコイルを覆う部分にはスピーカーのフェイズプラグを思わせるようなパーツが取り付けられており、ここでも入念な設計を伺わせる。

ウクライナのドライバー工場の写真を見ると、その雰囲気はFinalのD8000のドライバーを製造している工場によく似ている。なにか清潔で整理された場所で注意深く作られている印象で、そういう出どころを持つ製品を好ましく思日本人には、ポイントが高いだろう。今までウクライナはオーディオの世界にはあまり登場しない国名であったが、アメリカと競い合っていた頃から旧ソ連の技術革新を支えていたのはロシア本国よりはこの地域であったと聞く。例えば旧ソ連の核ミサイル、核爆弾の重要な部分の開発・製造やメンテナンスはこの国にある企業が請け負っていたと聞いている。東ドイツのカールツアィスイエナ、ラトビアのミノックスなど旧共産圏にあった企業の技術力は侮れないものがあることも想い起こすべきだろう。そういえば、このヘッドホンの製造本体であるMEZEもルーマニアの企業だった。やはりそこらへんの地域性が強いプロダクトようだ。地域は多少ずれるがブルガリアのEBTBという奇抜なスピーカーやエストニアのエストロン、旧東ドイツ出身のゼラトンなど、鉄のカーテンの向こう側で培われた技術の香りを漂わせる機材は今までにもいくつか見て来た。どれにも共通するのはエキゾチックな形と音というところだろうか。Empyreanは日本、中国、ドイツなどが独占しがちなハイエンドヘッドホンの世界に新たな刺激を与えそうな異国情緒のあるプロダクトである。

Empyreanはリケーブルが可能な仕様であり、私が見たところAudeze LCDシリーズの端子と同じ端子を使っているようだ。端子のコネクターはハウジングと一体で削り出されており、Audezeに比べても入念な造りである。このヘッドホンが素で持っている空間性や音の柔らかさ、サウンドのグレードを考えて選ぶなら、Kimber のAXIOS Agaあたりが良さそうだ。これもできたら実行したい。

追記:

価格についてはこのブログを書いた時点では未定であったが、2018年10月17日に見るとメーカー本国HP上ではプレオーダーが2999ドルとある。日本の代理店で買うのとどう違うのかよく分からないが、ここでPaypalで支払うと日本の私の部屋に届くのだろうか。初期不良などがありそうなアイテムでもあり、よくよく考える必要がありそうだ。



The sound:


独創的である。

今まで一度も聞いたことのないサウンドが聞けた。

このやや異質な雰囲気を生産国や外観と重ねてエキゾチックと形容する人もいるかもしれない。十分な環境下でドライブされるEmpyreanは極めて優れた基本性能を発揮すると同時に、このクラスのヘッドホンのサウンドの中では独創性の高いサウンドを奏でる。それでいて個性的すぎて取っつき難いということない。


Empyreanの奏でる音の感触、粒子感、密度、帯域のバランス、音の立ち上がりと立下りのタイミング・スピード、そして音楽性。それら全てが唯一無二の個性的な好ましさを持って、私の前に立ち現れる。この好ましさは音楽が自然に聞こえること、あるいはソースに対して忠実度が高いことからくる歓びとはやや趣を異にする。Empyreanが音を微調整し巧みに再構成したサウンドを愛でている部分が大きい

こうなればどんなに多くのヘッドホンを所有していようと、どんなに多くのヘッドホンサウンドを知り尽くしたマニアであろうと、なにがしかの金を払ってこのヘッドホンをコレクションに加える価値はあろうというものだ。何を聞いても、ほぼ必ず他にはない音調どこかに聞けるからだ。


オーディオにおいてその機材の出す音を表現する際には視覚にまつわる言葉を使うことが最近多い。

例えば音の解像度とか色彩感とかいう単語はそれにあたる。

しかし、これらの言葉はこのEmpyreanというヘッドホンの出音に関する表現では、それはあえて使いたくない。少なくとも前面に出して使うのは憚られる。これは視覚の概念で捉えられない部分を多く持つサウンドである。

これは触覚や味覚、嗅覚などのいままでオーディオを表現するには使われてこなかった感覚を刺激する部分が大きいサウンドではないか。

Empyreanから聞こえてくるのは、まずは練り絹に触れるようなスムースできめ細かい音である。ソフトな装着感とあいまって、リスナーを非常にリラックスした気分にさせてくれる。そしてこれはとても聞き味の良い、悠々としたサウンドである。

音の粒立ちが良く、音が生き生きと立体的に表現されているが、アタック音の耳への当たりが柔らかい。音の輪郭自体はカチッと表現しているにも関わらず、エッジにキツさがない。これは全体にとても有機的なサウンドでもあり、音の体温はまるで人肌のよう、ドライではなく僅かにウエットな傾向を持つ。また空間の余白を埋めつくすような緻密さがあり、そこにスムースで流動的な感触、音色の鮮やかさもある。短い文章では到底言い尽くせないほど多様で複雑な美音である。


Empyreanは現代の幾つかのハイエンドヘッドホンのように音の透明感あるいは解像感で魅せるタイプではない。それ以外の要素、すなわち見事な音の触感・綿密なテクスチャー、目の詰まった中域の密度感や重み、心地良い温度感で惹きこむ。このヘッドホンを聞いていると濃厚なボルドーワインを味わっているような、コッテリした味わいのサウンドと感じる場面多い。これは味覚を刺激する音である。なにか素敵なワインを口に含んで舌で回しているような、マッタリとしたくつろいだ雰囲気がある。


帯域ごとに見ると、濃密で分厚い中域と素直だが、極めて伸びのいい高域が目立っていて、低域は量感・伸びともにやや控えめだ。

この高域にはペパーミントのような清々しいフレーバーが香る。

そして上品な甘さを持ったバニラアイスクリームの一口目のように、あくまでスイートでもある。

高密度で濃厚な中域に感じるのは熟成された赤ワインの風味である。フルボディのワインの味にある微妙な渋みや、その奥にあるコクのようなニュアンスがこの中域には備わっている。私はこの音を聞いていて、昔飲んだコルトン シャルルマーニュというワインの味を思い出した。何にしろ、このワインのような味わいが、このヘッドホンの個性的な音調を主導しているように私には思える。また低域のスピードは速く、もたつきがないが、量感は控え目である。

そして、そこになにか妖艶な雰囲気を感じることは他では得難い特徴だ。香りで言えば火であぶったアンバーグリスの香りのようだ。この香料の別名である龍涎香といえば、嗅ぎ覚えがある方もいるだろう。これはクジラの体内にある結石が偶然海岸に流れ着いたものである。それは古代においては媚薬であり、嗅神経を介して性的な刺激を人間の脳に与える物質が含まれている。こういうくすぐりを誰でも感じるとは思わないが、少なくとも私は大いに意識させられた。私にとってempyreanとはセクシーなヘッドホンなのだ。

こういう忘れかけていた嗅覚や味覚を記憶の底から掘り出してくる異様な力がこのヘッドホンのサウンドには隠されているようだ。


またそれとは別に特異と感じるのは、二つのヘッドホンを同時に鳴らしているような雰囲気が確かにあることだ。注意深く聞いていないとそうは思わないかもしれないが、高域と中低域が時に競って主張しあいながら、聞きなれた曲で聞き覚えのないハーモニーを奏でる場面がある。これはヘッドホンの振動板の構造の特異さに由来するものであることは想像にかたくないが、これを違和感と取るか、他にない醍醐味と取るかは聞く人次第だろう。

こうなると音の鳴らし分けや各パートの分離についても他にはない特徴が出て来る。

例えばD8000の各パート・楽器を各要素の分離は良く、彼はそれを前後関係、左右の関係を明確にしつつ整理して聞かせる。しかしこのEmpyreanはいったん音を各要素に分解した後、再構築してリスナーに掲示する。音楽の中の各パート・各楽器は完全に離れたかたちではなく、互いに緊密に接近しつつ、でも完全にくっつくことなくEmpyreanが指定した位置に定位して聞こえる。ここに録音や音楽のアレンジに対するEmpyreanの解釈のようなものが生じている。


色々な音楽を聞いてみると、はっきり言ってナチュラルな音、自然な定位・響きからかけはなれていると感じる場面もある。だが私はそれを欠点とは受け取っていない。むしろ、そういう解釈を聞かせてくれたことに感謝する。もう既に様々なオーディオに慣れきっていて、単なるHi-Fiでは飽きたらない私にしてみれば、こういうヘッドホンでなければ大金を出して所有する意味がない。


Empyreanのサウンドが持つ、出音のタイミングの取り方やスピードの出し方全体は、独特のタイム感とでも言いかえられるものであり、これも私が今まで聞いたオーディオの中では、あまり覚えがないタイプのものである。

聞き慣れた音楽をEmpyreanを通して聞くと、それぞれの楽曲の持つテンポ、ビートが今までにないほどの余裕を持って楽に聞けることに気付く。楽曲のビートが速くて、感覚が音楽の進行について行かされるような、せかされる印象、強制感が皆無である。音の立ち上がりと立下りのスピードや、音が起こる瞬間のタイミングの取り方は現代の機材においてはどうしても速さ、即時性を重視しがちであり、必要以上に急いで、前のめりで演奏しているように聞こえてしまう場合がある。特にスピード感を重視した固めで強い高域を備えたサウンドを特徴とするヘッドホンでは、このタイム感がかなり早回しになってしまう印象がある。そういう先を急ぎ過ぎている印象がテンポの速い曲からも感じにくい。このヘッドホンでは個々の楽音の変化への反応は素早いのに、音楽全体のテンポはほぼ常に適正と思われる速さに調整されていると感じる。このような調整された時間感覚は音楽の聞き易さへとつながってゆくものだが、これもまたEmpyreanが音楽を再構成した結果だと考えられる。


また音の濃淡の階調性はこれまでになく豊かなのも特筆できる。大きい音と小さい音の単なる差ではなく濃淡がいかに細かく分かるかが、そこが現代のヘッドホンのグレードを分けている要素だと私個人は考えているが、このEmpyreanはその点では最上のレベルにある。様々な音の質感が互いに断絶するのではなく、滑らかに繋がって一つの音楽として聞こえる。それらの間を埋めるように豊かな音の濃淡の階調があり、リスナーは連続する滑らかな音の変化をうっとりと聴くだろう。


このヘッドホンでは音場にたなびく倍音成分にも実体感があり、微かだがなにがしかの量感がある。これもまた他のヘッドホンではあまり感じないことだ。これは幻のようなサウンドではなく、いつでも掴めそうな音である。しかしD8000のように赤裸々で差し迫った音ではない。Empyrean流に再構築され、耳を傷めるような刺激的な成分が抑えられている。


サウンドステージは広さよりも深さを重視したものと聞こえる。

左右方向に拡がるだけではなく、リスナーの前方に深く広がっている空間に音が朗々と響く。また音が前に出過ぎない感じもある。D8000が音をリスナーの方に飛ばしてくるような積極性を感じるYGのSonjaを想い起すサウンドだとすると、このEmpyreanはMagicoのQシリーズの大型機のような一歩引いた音場展開をする。


ここでの試聴結果は言うまでもなく、純正ケーブルのシングルエンド接続によるものでありバランス接続した場合どうなるか、まだ未知数である。それにこのヘッドホンは未だ発売時期すら決定されていない。2018年内というのが目標らしいが、そこは確定していない。とはいえ試聴したプロトタイプでも十分に洗練された機材であり、この存在感の大きさゆえインプレッションを書かずにはいられな

こいつを聞いた後でHD820ですらD8000とEmpyreanの間をつなぐ箸休め的な存在にしか見えないと言い放った人が居るが、そういう意見をあえて叱りつけたりする気おきないほど、私はこのヘッドホンには期待している。

(とりあえずHD820はそのうちここに届くだろうが・・・)

とにかく、それほどまでにEmpyreanの放つ光は私にとってまぶしいものだ。


また、ドライブするアンプにより試聴結果は異なることも分かっている。

あまり言いたくないが、一般論として、いくら優れたDAPであろうとポタアンだろうと、十分な能力を持つ据え置き機と音の細かさやドライブ力などは比ぶるべくもないのに、このような大型で高級なヘッドホンを普通のDAPやポタアンで試聴して評価しようとする人が多すぎると思う。

そういう機材による評価はあながち間違いではないが、少なくとも正解でない可能性は常に疑う必要がある。

このEmpyreanに関しても決してドライブしやすいものとは言えず、ポータブルならせめてHugo2くらいまでは行かないと音質評価は難しいだろう。


Empyreanにあるのは独自のミステリアスな世界観である。

このヘッドホンのサウンドの持つ力は、本質的には思考と感覚の両方を揺さぶる力であり、感覚のみを強烈に震わせるD8000の能力の本質とは異なっているように思える。

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物理的な攻撃とともに心理的な攻撃をも同時に展開する使徒のような特異な存在であり、聞く者がこれを受け入れる特性をもっているなら、彼の脳に強烈なインパクトを与えられる。上手くすればなにか凄く旨い酒を飲んだような程よい酩酊感が得られる。

このようなヘッドホンは他にはない。



Summary:


2018年の夏のポタフェスの会場で、このヘッドホンを誰よりも早く予約する方法を代理店の担当者に尋ね、しつこく詰め寄っていた変な男がいたとしたら、それは万策堂だと思ってもらってよい。

私は無性に、このヘッドホンが欲しくなった。


しかし、そういう状況にあっても私にとってD8000のサウンドは素晴らしいままだ。これはハイエンドヘッドホンというジャンルの確立を決定的にした奇跡の器である。だがそのあまりに唐突な降臨は私の中でいささかの混乱を生みつつもある。カオスを刺激したことが、さらなるカオスを生むように。この混乱の収拾と高音質の独占を阻むのがこのEmpyreanという存在である。


別な視点もある。

このヘッドホンはエクステリアと装着感、サウンドを総合的に見て、真にラグジュアリーな領域に侵攻しえた世界で初めてのヘッドホンであるとも言える。

この機上では元来、互いに全く関連しない各要素がバランスよく配合され、調和している。

いままでのハイエンドヘッドホンは音は良くても、外観は幾分メカメカしく、美術工芸品のような特段の華やかさを感じられなかったり、装着していると重さで疲労がたまったりするものがほとんどであった。

つまり音質以外の意味も含めてオーナーに十分な満足を与える機材が皆無に近かった。Empyreanというヘッドホンのフォルムはそういう長年の憂いを去り、現代的なスポーツカーやグランメゾンの放つファッションと同じ世界にヘッドホンを加えることに成功した例である。近い価格帯にはるUtopiaSusvaraなどとはデザイン、造り、音質などにおいてあまりにも異なるので簡単に比較すべきでないが、まず形の美しさと装着感ではEmpyreanがひとつ抜け出ている。また完成度の高い独創性を備えた音質も今までのハイエンドヘッドホンでは聞けなかったものだ。特に必ずしも自然なものとは言い切れないが妙に嵌ってしまう質感の見事さ、聞き味の良さは他の追随を許すまい。これはヘッドホンの音のバリエーションに新たなレパートリーを加えた作品なのである。


デザインと性能の両立や調和といった難しい問題は指摘するのはたやすいが、解決するのはかなり難しい。しかし、このヘッドホンはこうして見事な解答を示した。それは性能を優先したD8000やUtopia,SR009S,LCD4などがどこかに置き忘れてきたフォルムの美しさや装着感に対する要求を取り戻した結果という見方もできる。ここに至るには、多くの個性的な人々がアイデアを出し合ったに違いない。Final D8000と同じく、社外とのコラボレーションによって生まれた側面は強いようだ。ヘッドホンの銀河系の中で調和を育む存在という意味だけでなく、それ自体の内部においても様々な要素が様々な意味合いで調和したヘッドホンだと思う。


このようにいくつかの意味で素晴らしい調和を感じる機材を手に取ると、もはや卓越した音質を求める強引な意思のみではハイエンドオーディオは成り立っていかないのではないかと切実に感じる。この思いは、機材を使役する側であるオーディオファイルにも内的あるいは外的な調和への意志が必要ではないかという思考の飛躍を促す。ヘッドホン・イヤホンを中心とした領域と、スピーカーを中心とした領域が調和したオーディオの銀河系。そあるべき姿を私は密かに夢想する。


この前、ステレオサウンドに補聴器についての比較的大きな宣伝記事が載ったことに私は目を見張った。

この補聴器の記事は、これまで我らが意識的に話題として遠ざけてきた老人の聴覚の問題とその補助としての補聴器というタブーに自ら踏み込まざるをえなくなったことを意味する。補聴器を使えば自分の耳が老いて、そのままではオーディオを愉しむのに十分な能力を持たないことを認めなくてはならないし、また聞こえる音が大金を出して買ったスピーカーからのものではなく、実際は補聴器からのものであることも認めなければならない。これを今頃になって取り上げたのには諸々の大人の事情があるのだろうが、いずれにしろオーディオファイルの高齢化はそこまで行っているということだ。


この記事が私の推測どおりに補聴器を通してスピーカーの音を聞くという、なにか隔靴掻痒なオーディオスタイルの提案という意味を持っているとしたら、私には別な提案がある。補聴器を使ったスピーカーリスニングではなくハイエンドイヤホンやハイエンドヘッドホンで直接音楽を聴いたらどうかという提案である。その方がダイレクトでロスが少ないのではないか。補聴器にはイヤホンやヘッドホンと類似した側面が多くあり、イヤホンメーカーが補聴器メーカーを兼ねていることも少なくない。恐らく高齢者が良い音をこの先も愉しむために優れたヘッドホンやイヤホン役に立つはずだと私は思う。こうなるとハイエンドイヤホン・ヘッドホンの位置づけは高齢化社会の中で変わりつつあるとも考えられる。


こうして様々な嗜好性、様々な境遇と経験を持った異なる年代・立場の人々が共通して楽しめる機材という位置にヘッドホン・イヤホンは立つべきなのかもしれない。これらの人々が同じくヘッドホン・イヤホンを使うことで共通の話題ができれば、ともすると平行線をたどりやすい、あるいは対立しやすい彼らの立場どうしが調和する方向に行くだろう。

それにはスピーカーを使うオーディオファイルがヘッドホン・イヤホンに関心をもち、

逆にヘッドホン・イヤホンを使う人々もスピーカーに関心を持つというのが望ましい。

例えばここで取り上げているEmpyreanなどはハイエンドオーディオに慣れたベテランのオーディオファイルが手に取って、あるいは音を聞いて、真っ当かつ豪華な高級オーディオ機材として違和感をもたないものだと思う。これはそういう方たちがヘッドホン・イヤホンの世界に関心を持つ契機のひとつになりうるのではないか。この話は調和の片面にすぎないが、なくてはならない側面である。


ヘッドホンやイヤホンが老人の聴覚をアシストするという話だけではない。

この分野はスピーカーオーディオと比べて技術的にも経済的にも伸びが著しく、他の分野への影響や関係も、スピーカーより増えているのは明らかである。

これでも無視できるのだろうか。

激しく回転しながら勢いを増してゆくヘッドホン・イヤホンの小さな銀河系を。この成長する小さな銀河系はハイエンドオーディオの世界から消せないどころではなく、本家のスピーカーオーディオに意外な形で干渉しつつある。

我らに残された時間からすれば、YGのサウンドが是か非か、ヴィンテージオーディオが是か非か、オーディオ雑誌の中身が是か非かなどと、いささかピントのずれた細かい論争をしている暇はない。

曇りなき眼を見開き視界を広げ、積もった埃を掃除をした耳の感度を上げてオーディオの宇宙全体を俯瞰すべきだろう。そして、なによりも自分の好きなスピーカーやプレーヤー、オーディオのスタイルだけが至上のものであるという古い固定観念を捨てるべきだろう。

そのうえで、おおいに聞き、おおいに悩んだうえで、おおいに買うことだ。

我々が救われる方法はおそらくそれしかない。

この世界に足りないのは様々な意味とレベルにおける調和である。

私の愛するEmpyreanがその橋渡しとなり調停者のひとりとなって、オーディオ世界を少しでも明るくするきっかけになればと思う。


by pansakuu | 2018-07-27 22:59 | オーディオ機器