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Esoteric Grandioso C1の私的インプレッション:What Color?

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私という色を問う・・・
by 常森 朱


Introduction

文章は書き出しが難しいとよく言われます。
(と言いつつ済ませてしまいましたが)
そんなパラドキシカルな自己言及はともかく、
私にとって難しいのは、むしろその次、始まりを受ける部分です。
インプレというのはその次の部分がいつも難しい。
はじまりの部分は単なる思いつきでいいのですが、
それを受けるところが冷静でないと、
話が続かなかったり、逸れて行ってしまうものです。
そして、
オーディオシステムで言えば、送り出しを受けるプリアンプが、
「始まりを受ける」部分になります。
これもまた難しいわけで。

プリアンプの取る態度には大きく二種類あり、あくまで上流の音を実直にモニターする無色透明な存在であろうとするもの、もう一つは送り出しから来る音に設計者が求める音色、あるいは音楽性のようなものを付加し、より良い音として聞かせようとするものに分かれるようです。とはいえパッシブフェーダーを含めた広い意味でのプリアンプのようなものを聞いてゆくと、ほとんどは、この二つの立場の中間点をゆらゆら漂っているようなあやふやな存在に思えます。普通の人間が常時冷静な観察者に徹することも、主観のみで物事を判定できるほどの価値観を持つ人にもなり得ないように、人間の手からなるプリアンプもそのどちらの両極にも至ることはできない。

とはいえ、もしかすると、設計者が求める音色・音楽性を意識的あるいは無意識に付加するプリアンプを造るより、自身の色を持たないアンプを製造する方が遥かに難しいかもしれません。何故って?経験上、そういうプリアンプの方が圧倒的に少ないように思われるからです。無色透明なアンプ、そういうものは果たしてあるのでしょうか。

そして今回レビューするEsoteric Grandioso C1は、この問いへの理想的な答え、そのものでした。


Exterior and feeling
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Grandioso C1は美しい外観を誇る、エレガントなプリアンプですが、盛り沢山な内容を持つオーディオマシーンでもあります。
実物と向き合うと、筐体の角には、バックパネル側も含め、大きなRがつけられているため、実測寸法、あるいは公開されている写真から予測されるスケール感よりも、随分小さくまとまった印象をうけます。ですが、回路部と電源部を分離した2シャーシ構造で重さは合わせて50kgと、プリアンプとしては超弩級の部類。これらの2筐体を、左右別のしなやかなDCケーブル2本で連結しています。このケーブルの長さはデフォルトで1mですので、普通は上段に回路部を置き、すぐ下段に電源部を置くという使い方しかできそうもない。もう少し長ければ電源部を遠くに置くなど、セッティングの自由度が上がるのですが。私がC1を買う場合、この部分は特注になりそうですね。

最近は金属加工技術が発達し、複雑な曲線、曲面がフロントパネルに刻まれる時代になりました。dcs、CH Precision、Constellation audio、Mytekなどのフロントパネルがそうです。それらの新しいタイプのフロントデザインにEsotericのGrandiosoシリーズは乗っかっています。布に装飾的なたるみを持たせて自然に流れるような襞を持たせること、それをドレープとも呼びますが、C1ではその柔らかな意匠を金属で表現しています。この細かな線状の彫刻を施した厚いフロントは、毎年三越で鑑賞(み)せてもらう、日本伝統工芸展に出品したいくらいの美麗な細工物です。そういえば、このアンプ、Japan MadeというよりはTokyo Madeだそうですね。エソテリック東京ファクトリーで製作されているとか。そういう意味でも伝統工芸のようなものに一脈通じるところがあるかも。

フロントパネルの左側には入力セレクター、右側にはボリュウムノブ、中央にブルーの有機ELディスプレイというシンプルな面構えです。それぞれのノブの横には、VOLUMEとINPUTと、小さく、しかし深く彫り込まれた文字列が見えます。ここをシルク印刷にする、あるいはAyreのように、そこになにも書かないというメーカーが多いのですが、こういう小さな文字ですら、わざわざ彫刻されると、とても高級感、所有する満足感があるものです。

ここでのボリュウムノブの感触は、私が知る多くのプリアンプの中でも最高のものです。ギャングエラー等の音質的な問題を検知できないのはもちろんですが、これほど滑らかでありながら空回りせず、ガタツキは微塵もなく、掴みやすく、適度の重みと粘りがあり、クリック感なしでピタリと音量が決まるボリュウムは知りません。勿論、速度感応式でアッと言う間にゼロまで下げることができます。これならフロントにはMuteスイッチは要らないでしょう。
同じく日本製のアキュフェーズC3800のボリュウムも素晴らしいのですが、C1のそれはアキュよりさらに上の回転感覚であります。回そうとすると微妙に軽く感じ、止めようとすると微妙に重く感じるのです。軸受けに使われているEsotericのSACDドライブメカのベアリングはよほど素晴らしいパーツなのでしょう。

また、ノブの収めるフロントパネルの窪み周りにはLEDで光るプラスチックの枠が嵌め込まれており、ノブに触れると瞬発的にブルーに発光、数秒後消灯します。この発光の輝度・ON/OFFはリモコン操作でユーザーが選択できます。もちろん、ディスプレイの表示の輝度やON/OFFの状況についても同様です。さらに電源部側正面の丸い電源ボタンを照らす小さな青いLEDがあるのですが、その輝度すらリアパネルのダイヤルで調節可能です。ここまでエクステリアを飾る光の輝度や発光の入・切のセッテイングを思いのままにコントロールできる機材は少ないはずです。
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実際、このアンプの内部のセッティングの選択は豊富です。入力ごとの位相切り替え、0.5dBステップでの±18dBのゲイン調節、ユーザーによる入力名の設定、使っていない入力のスキップ、ボリュウムの音質的な操作フィーリングを決めるボリュウムカーブの選択など。かなり多彩です。
入力系統はRCA2系統・XLR3系統と標準的ですが、出力はRCA・XLRそれぞれ2系統もあり、しかもそれらは同時出力可能です。さらにスルー端子までも装備。しっかりとしたアース端子は回路部にも電源部にも備わっています。

回路部の筐体内には左右独立になった入力・出力の二階建ての基板が、板バネによってフローティングされ、内蔵されています。NIROのように渦巻バネを使ったり、コンステレーションのように特殊なゴムブッシュやスポンジを使ったりしないで、あえて板バネで基板を浮かしているのが面白い。またフルバランス構成を取るこれらの回路は入力・出力基板を二階建てにすることで、最短距離での結線を実現しています。ボリュウム回路はラダー抵抗切り替え式のものが左右で計4系統、贅沢に使用されています。
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電源部にはトランスが5つもあるのですが、このコンストラクション、下位モデルでも同様ですから特には驚きません。しかし、このアンプではコンセントまで二つ使います。すなわち、このアンプは根本から完全に独立した二つのアンプが、フォトカプラーを介してコントロールされる形をとります。最近ではViolaのプリアンプで近い構造のものがありましたが、日本製でここまで大掛かりなプリアンプというのは記憶にありません。
使用されるパーツも豪勢で、超高スルーレートの出力バッファーアンプ、0.1Fの容量を持つスーパーキャパシター、Sicショットキーバリアダイオードなどが奢られています。この中で目を引くのは2000V/μsというスルーレートを誇る出力バッファーアンプ。この段は回路設計者の腕の見せ所ですから、このクラスだと通例では工夫を凝らしたディスクリート回路を使ってアピールするもの。ですが、ここではあっさり既製品のオペアンプを使って済ませています。おかげで出力基板はとてもスッキリしたものとなりました。現代のオペアンプの特性は、トランジスターを複雑に組み合わせたオリジナル回路のそれを上回ると聞きますし、希望の性能を出せるようなトランジスタ、パーツが入手しづらくなってきているとも言われます。このスッキリには、そういう現状も影響しているのでしょう。

これらの豪華な内部を包む筐体を演奏中に触っても発熱は全く感じられません。電源部も回路部も冷たい。温度を知るために筐体に触れたついでに、その指を下へと動かしてゆくと四ツ足のフットに触れることになります。これらは高さ調節可能な金属製のスパイクコーンなのですが、Esotericの足が他社と違うのはスパイク受けとネジで一体化しているところ。つまり、筐体を持ち上げるとスパイクから受け皿が外れないで一緒に持ち上がります。重いアンプのセッティングの際にスパイクを受け皿の上に置こうとして四苦八苦したことがある方なら、この仕組みの有り難さは分かるはず。
もちろん、ここでは各社のインシュレーターやスパイクを試すのも一興ではありましょう。セラベース、ウィンドベル、d-prop・・・・とっかえひっかえの音質テストも楽しそうですが、プリアンプ全体のデザインや重心、地震への対策なども考えると結局デフォのスパイクに戻ってくることになりそうですね。

Esotericの製品の外観はGrandiosoシリーズに至って海外製品にも通じるような使い易さ、美しさを見せるようになりましたが、これにはそれら他社製品を勉強した成果もあったと推測します。例えば青い有機ELディスプレイ表示はLINNのKLIMAXシリーズを彷彿とさせます。
恐らく、このC1というアンプには特許申請を必要とするような全く新しい機構は盛り込まれておりますまい。細部のアイデアの基本は、他のメーカーや自社の他のモデルで既に採用されているものが多いようです。アキュフェーズのアンプのように、キーとなるボリュウム機構を独自のアイデア・手法で一から作り上げ、製品の主眼とするようなことはあえてしていない。自社の技術を発達させるだけでなく、同業他社や異業種のメーカーの機械を勉強し、咀嚼して適所に適度に応用しつつ設計を練り上げたように見えます。


The sound 

このように外観や操作について語るべきことは多いのですが、
このアンプの音質に関してはあまり言うことがありません。
一言でいえば、私にとって、このプリアンプは音質らしい音質が意識されない初めてのアンプです。これだけの物量投入をされていながら、不思議なほどシステムの中で存在感がないアンプ。私にとって最も色のないアンプ、それがEsoteric Grandioso C1です。システム上流の送り出しの音、ひいてはそのソースである音楽そのものが持つ音、その音色をほぼ正確に問えるモノとして、一つの理想形が生まれたことになります。

例えばいくつかのC1のレビューに、広大な音場という表現があるのですが、これは少しどうかなと思います。雑誌のレビューでこのアンプを聞く際は必ずGrandiosoのセパレートSACDプレーヤーが組み合わされているのですが、このプレーヤーの作り出す音場が広いのだと私は思うのですね。ダイナミックレンジやSN、温度感、音触等に関してもそうです。組み合わせたGrandioso P1+D1のレンジの広さや静けさ、音質の特徴をそのまま出せるのです。これはプレーヤーを取りかえればすぐ分かることです。例えばデジタルプレーヤーからアナログプレーヤーに上流を置き換えた時の変化の度合いなどは聞きモノです。カートリッジやアーム、ターンテーブルのもつキャラクターが、見事に分離し手に取るように確認できる感じ。こういう聞こえ方はあまり経験がありません。

今までEsotericの機材というと、看板商品であるデジタルディスクプレーヤーはもちろん、アンプについてもどこか硬くて度量が狭い音という印象でした。いわゆる特性重視で音楽性皆無というスクエアな音。
それが今回のGrandiosoシリーズが出る前あたりから少しづつ変化してきているのは感じていました。K-01のサウンドなんかは特にそうかも。しかし、既出の下位モデルC-02などを聞いても、かつてのやや残念な印象は完全に拭えたわけではありません。Grandiosoシリーズでもプリアンプ以外では、未だに古いEsotericのトーンを引きずっているように思いました。そのなかでC1のみが明らかに違います。突出してナチュラルな印象であり、ブラインドで聞かされたら、まずEsotericのサウンドとは思えないでしょう。

上流の音を正確に受け止め、ただ下流に受け渡すだけなら、それは惰性に満ちた音になってしまうかもしれない。だからC1では音色の正確さが下流のパワーアンプで改変されないよう、パワーアンプを意のままにコントロールする能力がプラスされています。
この手法の実践のためには、まず音のフトコロというものは限りなく深くしとかないといけない。どんなに凄い音が来ても余裕で受け止める用意が必要です。そして後段のパワーアンプに対する過不足ない働きかけ、ドライブ力も必要にもなる。これはプリアンプがパワーアンプを介して間接的にスピーカーを駆動するという考え方によっています。同価格帯の標準的なプリアンプのそれを遥かに超えると思われるダイナミックレンジ、パワー、瞬発力を発揮する、過剰なほどの物量投入は、その二つの機能を十分に果たすためと受け取るべきです。
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例えば、サウンドの透明度ではピカイチと思われるdartzeelのプリアンプNHB-18NSでさえC1と比較すれば音を濾過し純化して出して来るようなところがある。やはりNHB-18NSでは音が磨かれているわけです。C1はそういう仕事をあえてしません。まるでボリュウムを操作している時だけアンプが動作しているようなオーバーオールの謙虚さがあります。
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さらに、ilungoのパッシブフェーダーCrescendo205などは、音を素通しする機材の極致のように私は考えていましたが、C1の試聴の後では、あれはあれで、音に洗濯して洗いざらしたようざっくりした風合いを感じるところがある。生々しい生成りの音ですが、どこか音が荒くなったように感じたこともあります。やはり、微妙に音が変わっているのではないか。私はこのフェーダーが好きですが、疑いを持たないわけではない。
一方でC1のサウンドにはパッシブフェーダーで聞かれる、あの微かな荒ささえも感じません。C1ではフェーダーよりも信号が通る経路ははるかに長く複雑なはずなのに何故なのか。音を変えていないという巧妙な演出を、その回路を通して行っているような気配すらあります。
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JeffのCriterion、あの途轍もなく静かなプリアンプですら、C1と並べて考えると、その静けさに込められた設計者の強い願望や意志を感じます。C1にはそういう静かなる情熱すらありません。C1は透明であり、本当に無私の存在です。

とにかくC1の試聴では、これを通過させて音に変化を出すというサウンドイメージを抱くことがとても困難でした。ゆえに、C1について知るには二つ以上の聞き知った送り出しと組み合わせて比較する必要があります。

これは特色らしい特色がないアンプですが、強いて言えば低音の出方の自然さというのが、音質上のハイライトでしょうか。パワーアンプを替えても、量感やゆとりは一定に保たれ、常に瞬発力の高い低域が得られます。しっかりとして、解像度もすこぶる高い低音がストレスなく吹き上がる様はなかなか壮観です。電源が過剰なほど充実しているため、パワーアンプに対する働きかけは強く、非力なパワーアンプでも十分な低域の解像度が得られます。これなら、あらゆるシステムセッテイング、あらゆる音楽の場面で出音に不満はないでしょう。
時に別筐体の電源部を持つプリでは、パワーアンプを過剰なほどキリキリ舞いさせて、元気の良すぎる音にしてしまう場合もありますが、C1ではゆとりを残しつつ、過不足なくパワーアンプをドライブする大人の節度を感じます。実力は高いけれど、あくまでやり過ぎず、黒子に徹しております。

とはいえ、これほど極端な傍観者ともなれば、褒めるだけで済ませるわけには参りません。
例えばConstellation audioのVirgo2と同時比較すると、やはりVirgo2の控え目ながら洗練された音楽性や空気感の演出の巧みさには心奪われるものがあります。C1よりも100万円以上高価なプリアンプですから、そうでなくてはいけないのですが、やはりそういう芸術点の差に不満を感じる部分がC1にある。だから、プリアンプをあえて通すことで得られるプラスαの部分こそ、ハイエンドオーディオの醍醐味と思う方にC1をおすすめはしません。ただ、真にピュアなプリアンプを求めるなら、最良の選択肢ということです。

それにVirgo2やAltair2で時折報告されている、突然の定位の変化などの不安定要素も勘案すれば、一時の出音の良さのみでConstellationのアンプが優れていると判断してよいものか。それは音質そのものとは別な観点なのですが、やはり、動作が安定して不具合が起こらない、仮に不具合があってもメーカーが国内で、すぐに直せるというのはアドバンテージです。
さらに円安で高価な海外製品はお買い得感がかなり減って来ていることもあります。C1は定価250万円です。一方、海外製品でC1のようなプリがあったとしたら、日本では400万円を超える売価となるでしょう。やはり今は国産製品を狙うべき時期です。


Summary

従来この手の無色透明を目指すプリアンプは信号になるべく手を触れないということをモットーに作られてきまして、その設計思想は引き算でした。ですが、本当にピュアであり続けるためには、それだけでは足りない、むしろオーバーなほどの手当が必要であるとC1は主張する。そういうわけでC1の基本設計は足し算です。

確かに、このGrandioso C1というアンプを使えば、上流の送り出しがどういう音をしているのか、その音の複雑な色あいを正確に知ることが可能です。C1には自分の色というものをその痕跡を含めて消してしまう特異体質があります。物量投入型の音質改善が、その方向に積極的に作用し、これほど無私な音質を完成させた例を私は知りません。有り余るほどの潜在能力を持ちながら、いわば積極的な消極性という態度に徹するとき、そこに結線された上流、下流の機材の振る舞いは、むしろ自分の掌の上で踊る演者のようにC1からは見えているのかもしれません。
これはシステム全体に対して限りなく消極的に関わるように見せることで、普通のハイエンドプリとは全く逆の形でシステム全体を支配する稀有な例なのではないでしょうか。


私の中には、
C1のリスニングの後に徐々に頭をもたげてきた考えがあります。
それは、私を含む大概の人間が、完全に客観的な観察者にもなれず、逆に自己の主観のみで生きる強者にもなりきれないという、ありふれた事実から始まるものです。
それはオーディオとは一見、関わりない事のようですが、そうではない。
C1という無色透明な傍観者との出会いは、
自分という人間、ひいては、その自分という人間が目指すオーディオが、透明な客観でもなく、そして一色で塗りつぶされた主観でもない、あやふやな色・キャラクターを持つ存在であることを明らかにしました。
私自身の欲するオーディオの姿、それは私という精神を染め上げている色が決めるものなのでしょうが、そういう私の心の色の濃淡を炙り出すような心理的インパクトがC1の無色透明なサウンドにはあるのです。
C1を聞くこと、それは否応なくオーディオについての私自身の色、私のオーディオへの情念の色を問うことになり得るのです。
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自身の色を問う。
それは自己を無に近づけ、自己を見つめ、自己について言及するということ。
それは自己言及のパラドックスであり、どこか神秘的なセルフセラピーのようでもあります。
また、こういうゾーンに入ることはオーディオの秘境の一つに立ち入ることでもあります。
試聴という、技術者達の創り上げた入魂の機材との内的な格闘のあとで、
オーディオについて深く考えを巡らせるとき、
意外な世界・思わぬ秘境に精神をトバされる。
こういう難儀な心の習慣こそが、
私の心の色そのものなのかもしれませんね。

by pansakuu | 2015-01-08 21:45 | オーディオ機器