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NewOpto KH-01Pの私的インプレッション: ミレニアムの青


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「ザクとは違うのだよ、ザクとは」
ランバ ラル



Introduction

例の如く、ヘッドホン祭りに出向いて気がついたことがある。
最近はヘッドホン、イヤホン界というものが、ポータブルの機材中心に回り始めているらしいということである。今回はカスタムイヤホン、DAP、ポータブルヘッドホンアンプ(ポタアン)で新たな野心的な製品をいくつも見ることができた。それに対して据え置きの機材、高級ヘッドホンにも新製品の発表があったが、それらの人気も実力もポータブル関係の機材に比して今一つのように見えた。特に30万円以上の高額な製品への関心や開発が、日本ではやや薄らいできているようだ。確かに日本では、ここ数年で発売された高額な製品に失望させられたという声を聞くことが多かった。このネガティブな意見は、GEM-1やEdition5、Agaraなどの高額機の低評価と無関心の反映だろう。私の不満を具体的に言えば、ハイエンドオーディオメーカーとしての名声を確立したメーカーが本気で取り組んだヘッドホンアンプが未だになかなか出てこないということだ。頑張っているのはガレージメーカーばかりであり、彼らの開発はもう限界に近づいている。もっと高度な物量投入型のヘッドホンアンプが必要だと感じる。JeffのCriterionのような静けさとOCTAVEのJubilee Preのような躍動を併せ持つヘッドホンアンプが欲しい。GoldmundのTelos headphone amp、Crayon CHA-1あたりはどうだろう。期待せずに待つ。

つまり中野の会場に詣でて、皆の熱気の向いている方向を追っていくと、この熱風はポータブルの方角へ吹いているように感じたというわけだ。とにかくポータブルオーディオの分野が、スピーカーを使うハイエンドオーディオに比べて盛況であって、未来があることは間違いない。
だが、この界隈がアゲアゲ気分であると言っても、日本製品に常に分があるなんてことは全然ない。それは過去の栄光に過ぎない。特にDAPでは日本勢は明らかに劣勢。隣国製のAK240はもちろんCalyx Mも音が良かった。これらに比して日本代表であるZX1はどうにも中途半端な音質だ。まるで一世代前の機材のようにさえ見えた。また、イヤホンも日本製以外に素晴らしい製品がいくつもあった。だがポータブルアンプについてだけは、この分野のハイエンドは日本の製品ではないかという想いを強くした。例えばWAGNUS Bialbero Epsilon Sは、外観の酷さはともかく、私が今まで聞いた国内外のポタアンの中では最高の音質を誇るポータブルアンプのひとつだと思っている。
そして今回の祭りでは、このアンプとは全く傾向を異にするものの、デザインも作りも音質も素晴らしい、もう一つの日本製のアンプを発見した。
それはKH-01Pというコードネームが与えられた、NewOptoの先鋭的なポータブルアンプである。


Exterior and feeling
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ブルーとシルバーのツートンカラーが目を惹く小さな箱である。このカラーリングは目が醒めるほど鮮やかで、ハイセンスだ。
この輝かしい青色は、世界中のオーディオ機材を見回しても、このNewOpto以外ではあまり見ない色だ。ドイツのAcoustic planのアンプで似たような色を使っていたぐらいだろうか。ポタアンで似たようなメタリックブルーのものがあるが、色合いが違うようだ。大変に印象的なカラーリングである。
私には青い機械というものに、なにか特別な思い入れがある。物語に登場するメカを思い起こしても、まずはグフ、そしてケンプファー、ヴァーダント、ストライクドッグ、イ401など 私にとってはどれも忘れがたいものばかり。メカではないが、my favorite Ultra manであるウルトラマン ヒカリもこのアンプのイメージそのものだ。私はこのカラーに弱いのかもしれない。
もちろんニューオプトさんのことなので、このブルーはカラーバリエーションのひとつに過ぎないかもしれず、
この色にこだわるのも変な話なのだが。

KH-01Pのフロントパネルとリアパネルは私の知るポタアンの中で最も厚い。フロントの四隅を留めるステンレスのネジはほぼ隠れてしまうほどだ。ほとんどのポタアンでは、ここで4つのネジの頭が出っ張ってしまい、荒っぽい作りと思わせてしまうが、このアンプは違うのだ。

ローレット加工されたボリュウムノブもフロントパネルの厚みの中に半ば隠れていて、不必要に突出していない。私個人は多くのポタアンのダイヤルは突出し過ぎで美しくないと思っていたので、この部分も好きだ。ボリュウムノブ含めて全体に控え目だが粗さのない造形になっていて、他機との差別化になっている。
またボリュウムの周りには、よく目立つ白いドットで目盛りがふられている。目でいつも使うボリュウム位置を確認することが多いので有り難い。ボリュウムは操作に困難は何もない。私の試聴中はギャングエラーもなく、滑らかに無段階の音量調整が出来ていた。

一方でステレオミニプラグのOUTとINが厚いフロントパネルの穴の底にあるというのは多少問題だろう。L型のプラグだとアダプターでも噛まさないかぎりは入らない。だが、私はこれでいい。ジャックがそのまま露出しているよりはマシのような気がする。ジャックの穴が、わざとパネルから少し盛り上がった場所に開いているタイプのポタアンさえある。実用にはいいのかもしれないが、あれはどうも美しくない。
実売される製品ではパネルの穴を下側に大きく拡張していて、L型のプラグでも入るようになった。

増幅度・ゲインはフロントパネル左の緑色LEDの付いたスイッチで変えられる。(6dB/15.6dB)この機能はヘッドホン、イヤホンをつなぐどのような機材にも必須のものだと思う。GEM-1やHPA-203ではこれがなくて困る。これがないばかりにポテンシャルを発揮できない機材が少なくないと思う。

ボディの上下面はヘアライン仕上げのメタリックシルバーであり、上面の隅にNewOptoロゴが小さく入る。サイドパネルはフロントから続いてブルーである。MH audioのHA-11のようなアルミの削り出しの部品を最小点数で使って箱を造るのではなく、6面を別々の部品でキッチリと組んで筐体の形成している。HM-11のようにスタックしやすいようにバンドがついていたりはしないが、デザインとしてはこちらの方がスッキリしていて好きだ。

リアパネルには左右に1本づつネジがあり、それらを回して引くと4本の単三電池用のボックスが載った基板がスムーズに現れる。KH-01Pの電源はここに入る4つの電池である。
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実際、こうして市販の電池を使うポタアンが多数あるが、これは単純に良い電源とは言い難い。例えば四角い9V電池を二本使うタイプは使い勝手の点で、あまり嬉しくない。まずポタアンというのは使う電池のメーカーやモデルごとに出音が異なるものであり、いろいろ試して、自分に合う電池を探したい。しかし、四角い9V電池は種類が少なく、そういう試行錯誤が十分にできない。また、単三電池に比べれば、売っている場所が少なく、やや入手しづらい。さらに充電式のものがほぼ無いから、買ってきて、使い切ったら捨てるだけである。KH-01PではEVOLTAのような循環寿命の長い充電式電池をとりあえず使えるのが便利だし、様々なメーカーの電池で音質変化を楽しめる。

そういえば、単三電池を使うアンプについては、2本使いが多い気がする。例外的にKH-01Pでは4本も使っている。低電圧高精度オペアンプを余裕ある電源で動かそうということなのだろうか。中身の詳細はほとんど公開されていないので、その意図は分からない。なお、このアンプでは発熱はほとんどない。

ところで、自分で電池交換ができない電池、つまり電池のディスコンによってバッテリー交換が出来なくなる可能性のある、内蔵の専用充電式バッテリーという形式を私は好まない。その方式はポータブル機材ではよく使われる手法ではあるが、私は嫌いだ。将来、機材が使えなくなる可能性がある。何を隠そう、私の好きなHugoもその一つ。これは、あの素敵なDACの数少ない欠点であろう。その点、KH-01Pの市販の単三電池を電源とする方法には安心して長期の使用が期待できるというメリットがある。

以上の外観は、ほぼ最終形態とのことだが、フロントパネルの角については削るかもしれないとのこと。このままでも十分に美しい機材だが、設計者の方が思い描く完全な姿も見てみたい気もする。


The sound 

繊細かつ洗練されたフラットなサウンドである。
多くのアンプと並べて聞くと、何気なく聞き過ごしてしまいそうな普通の音にも聞こえるが、全て聞き終わった後に思い返すと、そういえば、これほど音がキメ細かく、聴き味の良いポタアンはなかったな、という感じで振り向いてしまう。

音のマトリクスの細かさはポタアンでは随一である。これはこのアンプの最大の売りだろう。このアンプを通して聞くと、目の詰んだ織物の文様を拡大鏡を通して間近で見ているような気分になる。音楽というテキスタイルが、どのような色の糸で、どういう風に織り上げられているものなのか。そんな音の細部へどんどん入り込めるような聞き方がしやすいポタアンだ。このアンプは生真面目と言いたくなるほどに音のテクスチャーを正直に描写していく。こういうサウンドが生み出す、音楽のリアリティは現代スピーカーによるハイエンドオーディオにも通じるところであり、凡百のポタアンではなかなか味わえないものではないか。

この優れた解像度感は、研ぎ澄まされたハイスピードな応答性と高いS/Nが成せる技だろう。背景のノイズは低く抑えられ、音の立ち上がり、立ち下りは異例なほど素早い音。これらの部分でKH-01Pはポタアンとしてはトップだろう。
そもそもポタアンというものは電池駆動でありながらも、殊更に背景の静けさを感じるものは少ないのに、このアンプは頑張っている。もう一歩の静けさがあれば、優秀な据え置きのヘッドホンアンプのS/Nにさえ届くかもしれない。

人工の音、すなわちシンセサイザーやPCが作り出した音をそれらしく聞かせることは、多くのポタアンが得意とするところであり、このアンプもその点では特別に優れたものだ。一方でアコースティック楽器の音の質感を付帯音の少ない自然な風合いで聞かせることは、高性能なイヤホンを使っても、これらのポタアンではなかなか難しい。だが、このアンプならそれができるはずだ。このスピード感とノイズの少なさが、ポタアンに期待しにくい、足し引きの少ない自然な音を耳に届けてくれるだろう。

一方、ここでは音のエッジは明確に立っているので、ボーカルの滑舌がいい。アニソンの早口ボーカルをリスナーの耳の奥にしっかり届ける。私の耳では、サ行の刺さりもなくてボーカルの聴き味がとても良かった。嫌味のない高解像度で音楽をサラリと聞かせて、後に引かないというわけだ。特にサ行の刺さりを、感じる・感じないは個人の聴感の差があり聞いてみなければ分からない。もちろん、この話題に触れる時、私と貴方の聴覚は同じでないということは念頭に置くべきだろう。だが、私の個人的な印象・経験では、このアンプでサ行がダメな人は、聞けるアンプは限られてくるだろうと思う。

全体として概ねフラットな帯域バランスであるが、高域の伸びやかさが印象に残るかもしれない。これはNewOptoの機材に共通して感じられる音の特徴だろう。
この高域はポタアンとしては十分過ぎるほどの伸びがあり華やかさも感じられる。美音調の高域ではなく、このアンプの特性の優秀さが高域の聴感の良さとして素直に表れているようだ。中域は透明感があり軽く、KH-07Nのような密度感はあまり感じられない。こういう高域よりも控えめな中域の印象が、帯域全体としてフラットな音調を試聴者に印象づけるのかもしれない。低域はポタアンの限界なのか、十二分に伸びている低音ではない。量感も少なめだ。しかし良く弾むうえ、見通しが良い。私はポタアンを聞くときにスピーカーオーディオで言う低域の量感はない方が聞きやすいと思っているので、これでちょうどいい。

音の触感は、ポタアンとしては驚くほど緻密だが、やや乾いている。この音触は、やや低めの温度感とあいまって清涼な雰囲気を醸し出す。こういう解像度の高さが目立つ音調にはこれくらいの温度感が似合う。あまり暖かい湿った音だとどこかナマったような緩い音になりやすいからだ。

とはいえ、こうして特徴をテキトーに羅列していると、ただの高性能なだけの素っ気ないポタアンではないかと思われるのが悔しい。このアンプはおそらく音の洗練度の高さ、過不足ないバランスの良さという点で、NewOptoの製品中、最も粋なアンプなのだから。同社4機目のアンプとなり、設計者の方も音作りに慣れ、設計手法が確立され、音が定まってきたためと私は見ている。KH-01PはこれまでNewOptoがつちかってきた音の良さをさりげなく凝縮した逸品アンプなのである。

KH-01Pに近いアンプ、これまた日本製の、MH audioのHA-11もリリース時から注目していたのだがKH-01Pは音質でこのアンプのやや上を行くと思う。解像度やスピード感で勝る。KH-01P はHA-11の音質という意味では上位モデルのようなイメージを私は持っている。価格の上でも妥当な評価だろう。むしろ音質そのものよりも多機能であることがHA-11の売りと考える。Epsilon Sとは音の傾向が違い過ぎるので比較しがたいが、その実力のレベルでは同等だろうし、外観の美しさではKH-01Pが圧倒する。もちろん、優れた据え置きのヘッドホンアンプと比べると明らかに小ぶりな音ではあり、過度の期待はすべきでない。だが、ポータブルに範囲を絞って、他のアンプをいろいろと回想すると、個人的に、このアンプを超えるポタアンはなかなか思いつかない。

祭りに出品されたアンプの内部は完成したもので、変更はないとの話だったので、実際に販売される製品もこの音質で聞けるだろう。ただし、今回は数万円の比較的安価なDAPと小さなヘッドホンで試聴していたので、もっと高性能なDAP、イヤホンやヘッドホンを使って潜在能力を引き出したくなった。しかし、貧弱な機材を組み合わせてもKH-01Pの音の素性の良さは十分に伝わってきた。

音質だけでなく外観も含め、本当にこのアンプが気に入ってしまった。そういうわけで、使うアテがそれほどあるわけでもないのに、HA-11からのグレードアップということで予約購入しそうになっている。


Summary

祭りの会場で、製品を実際に設計した本人と話すのは面白い。話しながら、その人の風貌を観察したり、音楽の好みを訊く、あるいはその人の人生のプロフィールを探ることも一つの愉しみである。
そうして見ていくと、まず、ヘッドホンアンプを設計し、製造する人々に平成生まれの方が、まだ少ないと感じる。一度は、大会社に勤めた経験がおありのような、私よりも年上の方も多い。特に私の気になるような、ハイエンドな機材を造る技術者は、50代から60代の方が圧倒的に多いらしい。彼らは若い頃に、レコードやCDに収められた音楽をスピーカーで聞く、あるいは生演奏を聞くことで音楽に親しんで来て、その流れの中で、ヘッドホンというものにも取り組むようになった人々である。つまり、もともとヘッドホン・イヤホン、あるいはデジタルファイルから音楽に入った層ではない。基本的にレコードやCD、スピーカーや生演奏で聴感の基本が養われている。また、音楽ソースもクラシックやロック、JAZZが中心であり、アニソンは専門外という方ばかりである。

そういう耳でつくったアンプももちろん良いのだが、もっと別の新しい感性で造られたアンプの音を聞いてみたいと、ずっと思っていた。そして数年前にNewOptがKH-07Nを発表したとき、期待していた音はこれだと直感した。音の風合いが違っていた。聞けば他社の技術者さん達とはやや対照的に、NewOptの設計者は若い方で、アニソンを好むらしい。またイヤホンやヘッドホンから、デジタルファイルに記録された音楽を違和感なく聞いてきた世代の方だろうとお見受けする。こういう方が作るアンプからは自然に他と違った音の傾向が生まれてくるかもしれない。

ところで、私がG rideのGEM1を聴き込んでいって分かった事の一つは、突き詰めて考えるとアニソンに合わないアンプもあるということである。逆に言えばアニソンに合うアンプがあるのだ。
KH-01Pを通すことで得られるサウンドは決して太い音ではないし、熱さ、あるいは厚さを感じるものではない。細かくて軽やかな音であり、クールでクリアなハイスピードサウンドだ。これはアニソン全般に良く合う音質だと私は思う。
そういう訳でKH-01Pは、アニソンを愛する人が作った高級なポタアンなのだと私は勝手に考えている。

そんな私の偏見はともかく、実物を短時間ながらハンドリングしてみて、このカラー、作り、操作フィーリング、音質、全てが高度な次元でバランスしているところは高く評価したい。手に取って眺め、音を聞き、電池のアセンブリをスルッと引き出す感触を確かめたりしているとNewOptoらしさというもの、KH-07Nから続くオーディオの閃きが随所に感じられて嬉しい。このKH-01P という作品において、ついにNewOptoというブランドが確立されたことを宣言したくなった。

私は、自分では何回、祭りに参加したか正確にはカウントできていないが、随分前から行っているような気がする。だから「中野に戻ってきた」という今回のヘッドホン祭りの合言葉には懐かしさを呼び起こされる。
いつの祭りでもそうだったのだが、従来からあるイヤホンの音質の枠、ポタアンの音質の枠・・・そういうポータブルの機材が持つ枠、つまり音質的な制約だが、それを超えるサウンド、CHORD HUGOの音のように越境していくサウンドと、祭りの会場で出会えることはほとんどなかった。
それは今回も変わりがなく、その意味で驚くような製品が皆無に近かったのは相変わらずだ。しかし、多くのポータブル機材が熟成されたサウンドを目指し、耳の肥えたユーザーの期待に応えようとしている様が、最近は見て取れる。これは緩やかだが確かな変化だろう。つまり、ポータブルオーディオ機器の分野はレベルが上がって来ている。開発側もユーザー側も上を目指し続けている。実際、機材の価格はどんなに上のものであろうと無理をすれば、誰にでも手が届く範囲にある。そして誰の耳にも、価格アップに見合うような音質アップが実感できることが多くなっている。これは、この分野が熟成してきた事と同時に、まだまだ伸びしろが残っていることの証だろう。外観も音質も使い勝手も、もっと良くなる可能性、ポテンシャルがあり、しかも現時点でも実用として十分に完成度は高いのである。

黎明期は終わったのだ。
2010年代はポータブルデジタルオーディオの黄金時代(ミレニアム)なのかもしれない。
KH-01Pの眩しい青に、私はミレニアムの栄光の片鱗を見るのである。

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by pansakuu | 2014-05-17 09:11 | オーディオ機器