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8月の現状:或るオーディオファイルへの私信


「あなたは楽しみながら夢を追いかけているか。(中略)
自分が1番楽しいと思うことは何なのかを知るには、
幸せというものが何なのかを知る必要がある。
今自分がやっていることに対して、
なぜそれをやっているのかを問う。
夢に向かって正しい選択をしているのか、
それともただあきらめるのか。
自らに言えることは、ただ一つ。
今やめるのはよくない、とにかくやり続けることだ。」
(Wax Poetics JAPAN:Re:DiscovaryのPrefaceより)

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昨夜、蝉が羽化するのを見ました。
木の幹につかまってジッとしていた飴色の幼虫の背中が割れ、
緑がかった白さ、透明な白さをもつ蝉の体が音もなく姿を現しました。
それはやがて透き通った翅を伸ばし、ステンドクラスの枠のような繊細な血管に
黒い血液を行き渡らせました。
私は頬杖をついてジッとそれを見つめていいました。
あれは自然を取り上げたテレビ番組の映像で見る感覚とは全く違っています。
過去を映しだした映像ではなく、精巧に作出された3DのCGでもなく、
揺るぎなき基底現実です。
変身してゆく本物の生命体を触れもせず、ただ眺めていました。

幼虫が幹を上るのを止めてから、2時間ほどが過ぎ、
乾いて色づいたピカピカの蝉を窓から放したら、
私はオーディオシステムの前に戻りました。
そして、サイドテーブルに載せてあったLondon Grammarのシングルレコードを取り、セッテングして間もないThales TTT compactとConstellationのPerseusに向かいます。
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新しいターンテーブルとフォノイコライザー、カートリッジのコンビネーションが織りなす出音にも少しは慣れてきたつもりなのですが、未だに音質の底が見えてこないのには内心驚いている次第です。
いままでは、どんな機材にしろ、自分の部屋で数日鳴らしっぱなしにしていれば、
大体こういう音だな、と大まかな傾向は把握できたものです。
その後、年単位でエージングを進めても、最初の印象から大きく外れた音が出てくることはまずない。
つまり、一日を目一杯使うつもりがあれば、数日でオーディオ機器の音の全貌に近いものが見えてくるものだと私は考えていました。
でも今回は勝手が違う。もう一週間ほど聞いているのですが、
ここにあるアナログシステムの出音には底がない、というか、底がまだ見えないのです。
特にジョン カールの造ったフォノイコライザー Perseusの方に、その感が強い。20代のミッハ フーバが創り出したTTT compactも素晴らしいのですが、こちらは数回の試聴で聞けた範囲をほぼ逸脱しない音が出ていると思います。このターンテーブルの音については自分のものになってきているようです。これは他のフォノを持ちこんで比較して聞いているので分かります。しかし、ターンテーブルの信号を受ける、カリファルニア生まれのフォノイコライザーの方は別格ですね。まだ得体が知れません。でも意外ですが、鳴らしつづけるにつれて、音が成長しているというわけではなさそうです。時間をかけて聞くにつれて、印象が変わるわけでもないからです。確かに、以前書いたような音が聞こえています。しかし、まだまだ言い尽くせていない音のフューチャーがあるようです。今は、なにかとても大きな全体像を持つもの、天体のようなものを眺めているようなイメージが出てきています。相手は変わらず、動きもしないのですが、こちらがその全貌を一度に呑み込めないほど、大きな総体を持つ音なのです。これは、まるで夜空にある星の集まりのようでもありますね。目の前に明白に存在するが、手を伸ばしても掴めず、一度に全てを視界に収めることは難しい。これぞコンステレーション=星座というブランド名の意味するところなのでしょうか。とにかく良い意味で分からない音、掴めない音です。もちろん、コンステレーションオーディオの他のアンプでも、ここまでの感じはないのです。少なくともパフォーマンスシリーズのアンプについては音の傾向の把握は比較的容易でした。
やはり、このフォノだけが異なる印象です。
結局、この違い、造った人間の違いでしょう。
マークレビンソンとのつながりを軸として、
良きライバル関係にあったと思われるトム コランジェロ亡き後も、
ハイエンドオーディオを創始した設計者の一人として活躍し続けるジョン カール。
今は亡きライバルへの手向けとして、自らの矜持を示したフォノイコライザーが
Perseusであるというストーリーは深読みしすぎでしょうか。
そして、これほどの音を聞かせることからして、
Constellation audioは現在、一番旬のハイエンドオーディオなのでしょうか。
この勢いはGoldmundがMimesisシリーズを発表し、
知名度を急激に上げてきたときの威勢を彷彿とさせます。
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とはいえ、このフォノの出音、見方によっては一定の音質傾向があるわけではない。温度感は高くもなく低くもなく。音像は大きくも小さくもなく。サウンドステージも広すぎも狭すぎもしない。解像度は低くありませんが、その高さを誇示する風もなく。太筆書きでダイナミックにトメ、ハラい、ハネることもあれば、透き通る細密な質感描写を重ねて、スタティックな一枚の絵を見せてくれることもあり。優秀なデジタルオーディオのように高い解像力を発揮し、キリキリと小さく締めたボーカルの口元でオーディオファイルを満足させようなんていう幼稚な感じはありませんが、緩めでゆったりしたアナログらしい膨らみでリラックスさせるわけでない。しかし、こうして列挙するとただ全てが中庸なだけのつまらない音と誤解されるからいけないですね。中庸な出音の中に値段に見合う、いやひょっとすると値段以上のクオリティを惜しみなく披露してくれるゴージャスなフォノであると断言しておきます。最先端のアナログ再生に挑戦したい方は、プライスタグに関わらず買って損にはならないはず。

とっかかりとして、音質上の小さなメリットから挙げるとしましょう。このアナログシステムの音は小音量でも腰砕けないし、埋もれない音です。繰り返し言いますがノイズがとても少ない。音量を下げても、しっかりした芯のある生き生きとした音。深夜にかなり小さなボリュウムにまで落としても、トーンコントロールなどを考えずに余裕で聞けます。
(このフォノは高域と低域にイコライザーがついていますから、トーンコントロールみたいなことが実はできるのです。)
また、フォノの出力をヘッドホンにつないでデジタルオーディオの場合と似たような音質で音楽を楽しめるようになったのも嬉しいことです。
実は、今まで聞いたフォノイコライザーのほとんどはヘッドホンアンプに直結すると、悲しいくらいノイズだらけで聞きにくいものでした。塵や静電気を丁寧に取り除いた新しい盤でさえそうです。ヘッドホンシステムは送り出しの音質を細かく覗ける拡大鏡のようなものですから、スピーカーで聞く限りは目立たないノイズでも、ヘッドホンを通すとかなり耳に付きやすくなってしまうからです。
しかし、私のPerseusはとりわけ特殊でして、もともとノイズがかなり低いため特別なことをせずにヘッドホンアンプに直結してもほぼ問題がない。確かにスーパーハイエンドなデジタル機材のノイズの低さに比べるとわずかに劣りますが、レコード自体が十分にクリーニングされていれば、ほとんど互角の勝負ができます。

また、実際にセッティングしてみると、電源の取り方でノイズレベルが大きく変わるのは興味深かったです。Perseuesの電源は後段のアンプたちに給電しているタップからは取らない方がよい。全く別な場所の壁コンセントから取った方がノイズが低いのです。この変化はスピーカーでも分かりますが、ヘッドホンだとよりはっきり分かります。さらに、アースはなんらかの形でとらないといけない。取らないとハムノイズが盛大に乗ってしまうからです。当然ですね。

実は背面にある高域と低域のイコライザーも結構使えます。SEALのベストアルバムのLPを持っているのですが、これは素のままで聞くと、どうにも中域と低域のバランスが悪い。そこで背面のダイヤルで低域のレベルを少し下げると、聞き違えるほどいい音になって驚きました。威力ありますよ、このツールは。
また、PerseusはRCA、XLR両方の入出力を備える数少ないハイエンドフォノですが、どの入出力でも音に大きな違いがないことも確認できました。これも嬉しかった。

他にも独特の音の良さを感じます。
このシステムで聞くと、音楽が、いままで自分のデジタルシステムで聞いていた時よりさらに格好よく、エキサイティングに感じられるようになります。アナログでは時に体験されることではありますが、演奏がとても上手く聞こえます。演奏のグルーヴ感が克明に聞こえてくるからでしょう。また、このフォノ独特の緊張感や躍動感が出音に込められるからでしょう。こういう音の立ち方はデジタルではほとんど未体験です。また、音の響き、声の伸びなども抜きん出ています。これはSNが高いことも寄与しているでしょうし、このフォノの出音自体に与えられたエネルギーの高さも関係していそうです。
さらにデジタルにない特徴として挙げたいのは聞き疲れの無さです。デジタルは12時間以上連続して聞いているとどんな聞き易い音でも流石に嫌になってくるという部分があり、音量によっては本当に耳が痛くなってくるものですが、アナログはそういうことがありません。大きめの音量、鋭い音、キツ目の音でも余裕で聞けます。聞いて疲れるかどうかは、むしろ音楽の内容がいいか悪いかの方にかかって来ますね。

欠点もあります。このフォノは明らかに大きい。普通のプリアンプよりも大きいです。NAGRAのBPSという電池式の優秀なフォノがありますが、同じことをしているのに、どうしてこれほどの大きさの差があるのかと呆れるほどBPSは小さく、Perseusは大きい。Perseusの回路部の筐体には高さがあります。フォノというのは平らな筐体を使っているものが圧倒的に多いですから、これは典型的でない。置き場所にはちょっと困るものです。また、XLR、RCAの同時出力はできません。また、正面のディスプレイはタッチパネルですが、反応性が良くないし、パネル下のボタンも押しにくい。さらに、バックパネルについているイコライザーやロードを変えるダイヤルは位置的に回しにくく、確認しにくい。それから、欠点ではないですが、発熱もあります。電源部ではなく回路部の筐体が熱くなります。実は、このフォノに使われている特殊な増幅素子は温度変化に敏感であるため、ウォーミングアップ中に特性が大きく変化します。電源投入直後に設定したロードインピーダンスの値はヒートアップ後に大きく変わってしまいます。そういうわけなので、電源は常に投入したままで内部温度を一定に保っておくことが推奨されています。電源入れっぱなしを推奨するフォノもあり、BPSのように電池式で外部に電源を必要としないフォノもあり。様々ですね。以上、気になるところはありますが、音が素晴らしいので全て許せてしまいます。

このアナログシステムの音質において特に素晴らしい点がひとつあります。
このTTT compact + Perseusは、音楽が奏でられていた状況を細かく模倣した幻影のような音ではなく、音楽自体がこのリビングで今、発生しているような新鮮な実体感をリスナーに提供してくれます。これはアナログ、デジタル通して初めての経験です。オーケストラが目の前にいて、あるパートの人数が数えられるとか、ホールの広さや天井の高さが分かるとかいうのが素晴らしいことのように思ってきたのですが、そういうイリュージョンの精度を賛美する次元を超えたように思います。「これはもうイリュージョンではない」そう私には感じられます。このPerseusフォノを通すと音楽は精巧な幻影ではなく、精密な実体のように聞こえます。

チベット仏教では宗教指導者が何度も生まれ変わる、つまり転生し現世に実体として繰り返し現れるというコンセプトで継承がなされると聞きます。その制度のアナロジーではないのですが、ここで私に聞こえる音は、まるで転生した音のようです。それは過去の単純な再生、再演ではないように私個人には感じられます。そう考えるに足る不思議な音の手ごたえが確かにあるからです。もちろん、細部にこだわれば本物そっくりの音ではない。でも生きている実物を前にしている手ごたえがあるのです。目の前で羽化しつつある蝉のように。こういう見方や言い方は大袈裟というべきなのかもしれません。私個人にのみ感じられる側面なかもしれません。しかし、いままで試聴したアナログオーディオにも、デジタルオーディオにも、こういう感覚を持てなかったのは事実です。どう差し引いても、私の感性に強く訴える何か特別な実力が、多かれ少なかれPerseusフォノステージには備わっているのではないかと疑わざるをえません。

もちろん分かっています。人によって、どの程度の実体感、音像と音場のバランスを好むかは千差万別でして、私が実体として感じるものを幽霊や幻影として捉える人もいるはずですよね。現にAVALONのDiamondというスピーカーの音を幽霊みたいな音だといい、ジンガリやウエストレイクのダブルウーファまで来て初めて実体感を多少感じるという人を知っています。これは耳から血が出るくらいの音量でないと満足しない大音量派に多い傾向だと思いますが、私はそういう派閥ではない。
とにかく、いくら譲歩しても、私にとっては、ここにある音は幽霊ではありません。それどころか、ほぼ実物の手ごたえです。丁度よい塩梅(あんばい)。元の演奏とスケール、定位、細かい音触等の要素で過去の本物の演奏に完全に一致していないけれど、明らかに実体として眼前に現れていると思える。音楽が、かつて奏でられ録音された音楽として再演されるのではなく、アナログサウンドの形で転生し、現出しているように聞こえるのです。この聞こえは、全く新しい切り口で、聞きなれた音楽を聞く体験へとつながって行きます。何百回と聞いたフレーズが全く初聴の美しいメロディのようにリビングに響き渡ります。

いつもオーディオを買うというのは賭けです。どれほど多く、長く試聴していてもギャンブルです。
自分の部屋で音出しするまで、これほどの値段のフォノイコライザーに、値札に見合う価値があるのか、実は半信半疑でした。でも、こうして聞いていると、その疑いはゼロに限りなく近づいて行きます。しかし、まだそれはゼロにはなっていない。それは、この音の全てがまだ掴めてないと私が思っているせいです。まだ先があるのかもしれませんから。

一昨日、このシステムで朝まで音楽を聴いているうち、アナログオーディオに嵌(ハマ)るまで、いじり倒していたPCオーディオの音は主観性と客観性のバランスが良くなかったなと、ふと気付きました。PCオーディオのみならずデジタルオーディオ全体が客観に傾き、主観を忘れていませんか。もう設計者・製作者の意見が薄い音、主張の無い音は、私は聞き飽きたのです。何故にそれほどまでに、あえて無個性な音を求めていたのか、今となっては理解に苦しむほどです。透明であることと無個性であることは違うというのに気がつかなかったのですね。

MPS5やKLIMAX DS、D600、Audirvana+Weiss等のデジタルを中心に聴いていたときは、各種ケーブルやインシュレーターをはじめ、パソコンのセッティングやHDD・SSDの選択、LAN環境、電源環境の整備に腐心し、細かく音質を上げてゆくのに余念がありませんでした。しかし、真に強力なフォノステージを一つ入れて、本質的なシステムの音質の向上というより、音の変革の目覚ましさを体験してみると、ああいう細々した努力は無駄ではないにしろ、明らかに限界があると確認できました。今更ながら。あんな小賢しいことばかりやっていた頃はオーディオとしては実は行き詰まっていたんですね。こういう凄いフォノと一緒に暮らしていると、重箱の隅を突くような音質改良に関心がなくなってしまいます。ケーブルなんて、酷いモノでさえなければ、どれでも良くなってきます。HDDのメーカー、モデルごとの音の違いにくよくよ悩んだり、NASの電源にこだわってみたり、最高級ケーブルの音質をやたらと求めたり、ソフトウェアやOSのバージョンアップによる音の違いに一喜一憂していたのも遠い昔の事のようです。本質的な音質の変革の前にはそれらは些末な出来事に思われます。私は、今もあそこで行われている頭でっかちな議論に真剣な関心を払う必要はもうない。これから先、あの無意味に険悪な、堂々巡りの論議に加わることもありえない。スッキリしました。

ところで、現代のアナログオーディオの凄いところは、大淘汰時代を乗り越え生き残ったものがここにあるということでしょうか。CDが登場し、ほどなくアナログオーディオは絶滅するかに思われましたが、彼らは生き残りました。長所を伸ばし、短所を減らして。そして、その中でも目の前のアナログシステムは最先端をゆくものかもしれません。実際に手元に置いてみると、静粛性、情報量の多さ、扱いやすさ等が過去のアナログよりも進化している事は明らかです。そもそも投入されている技術が当時はなかったものが多いので当然かもしれませんけど。このフォノに使われている超低ノイズの増幅素子、回路基板のフローティングマウント、フォノのトリプル電源、ターンテーブルの電源となる1000回以上の循環寿命を持つ高性能電池、新素材から成るターンテーブルベルト、機械式時計をPCを用いて設計・試作する技術が投入された斬新かつ精密なアーム、そして特殊な磁性体を用いたカートリッジ等々。これらに比べたら70年代、80年代のアナログシステムはもっとシンプルで、言葉は悪いのですが原始的な道具でした。ただ、その原始的であるがゆえの独特の音の良さはあるし、私のシステムの中にもそれは混ぜ込まれているのですが。

想えばPCオーディオもヘッドホンオーディオも、まだ本当の淘汰の時代を経験していません。だから、今、そのジャンルでは、つまらない音・志(こころざし)の低い音ばかり聞かされるのかもしれませんね。ですがCDやSACD関連機器というジャンルはまさに今、そういう時代を迎えています。もし、この取捨選択の時期を乗り越えてSACD・CDプレーヤーが、そのパッケージメディアとともに生き延びたなら、その時に聞ける音は、その頃にメインストリームになっているはずのPCオーディオを、今よりもさらに大きく凌駕するかもしれません。運よく私がその未来に居合わせ、かつての思い出とともにシルバーディスクプレーヤーたちの奏でる音に耳を傾けたいものです。

今や、私のシステムは羽化しました。
長い間、地中のトンネルの闇の中を這いずりまわっていたものが地上に出て翅を持ったのです。でも、樹上で今日を限りと鳴き狂う蝉とは違って、まだまだ先は長いと覚悟しています。整備すべき課題は、むしろ増えたのですから。まず、アンプやスピーカーが送り出しの格に見合うものなのか、ポテンシャルを引き出せているのか、検討はこれからです。アナログシステムのセッティングの詰めもまだまだ。今は、音がただ出ているというだけのかもしれません。ただ、こんな簡易セッティングで、これほどの音が出てしまうとは末恐ろしいとも思いますが。
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今、London GrammarのMetal and Dustを聞いています。
冴え冴えとした素晴らしいサウンドです。
オーディオとしては、どうということもない軽い音楽かもしれませんが、
八月の夜の空気に沁みるいい音です。
星の数ほどある音楽の中で、
今この音楽を選んで聞いている偶然が、
なにかのフェイクではなく、
真にここで生まれ、ここで躍動するオリジナルとして
私の脳裏に鮮やかに広がってゆく、そんなサウンドが出ています。
これは紛れもなく新たなるオーディオの愉悦。
と思っているのですが・・・・。

気が向いたら、
どうか、私のメインシステムの音を聞きに来てください。
そして、この大言壮語を笑ってお許しください。
追いかける音が違っているのは先刻承知。
それでもあえて私の冗談に付き合ってくださるのなら、
お好みの年のシャトーディケムを一本用意しておきましょう。
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それでは、
またスピーカーの真ん前でお会いしましょう。

by pansakuu | 2013-08-10 21:24 | その他