オーディオに関連したモノについて書くブログです。


by pansakuu

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
オーディオ機器
音楽ソフト
その他

最新の記事

Dressing APS-D..
at 2017-03-23 13:30
SONY MDR-Z1Rを鳴..
at 2017-02-02 23:42
SONY MDR-Z1Rを鳴..
at 2017-02-02 23:41
スマウグの巣穴にて
at 2017-01-03 16:28
DENON AH-D7200..
at 2017-01-02 01:51

記事ランキング

ブログジャンル

音楽

画像一覧

SONY MDR-Z1Rを鳴らし切る③:音の「鏡」としてのヘッドホン


e0267928_23115446.jpg
(②からの続き)

Estimation of K power cord.......

GOLDUND THA2というヘッドホンアンプの電源として、最後に手元に残したのは、お察しのとおりS社のK電源ケーブルであった。
略号で示しているが有名なケーブルなので、ケーブルに凝ったことがある方なら名前ぐらいはご存知だろう。これは私が今まで見てきたオーディオケーブルの中で最も手間のかかったものである。高級ケーブルを憎む私でも仕方ないと諦めさせるだけの力を備えた製品でもある。
今まで私の使うケーブルは
JORMA Saideraが主で、時にArgentoNordostCHORDNBSNVSStealthChikumaPADKimber selectBMISiltechTransparentG ride audioDmaaをピンポイントで使うぐらいであって、S社の製品に縁がなかったけれど、とうとう買ってしまった。

シットリとインレットに挿入できるオリジナルのコネクター、持ち上げるのに難儀するほどの太くて重い線体。特殊シールド技術、導体の冶金技術が集約されたこのケーブルは、専用のケーブルインシュレーターを用意しなければ設置できない。

それにしてもこいつは外観も音質もケタ外れの代物だ。正直言って、これはもう電源ケーブルですらないのかもしれない。ケーブルに擬態したアンプのような存在。少なくともケーブルの化け物であって、昔、船乗りたちが恐れた巨大なタコのような海の魔獣Kという命名に恥じない。


ところで、この怪物、寝覚めはひどく悪い。電気を通しっぱなしで数日経たないと実力は出て来ない。だがひとたび実力を発揮すれば、THA2とのコラボによるサウンドは凄い。

例えば、このシステムで聞いていると私の視線は斜め上方を向くことが多くなる。

MDR-Z1Rという密閉型ヘッドホンで聞いているにも関わらず、開放型の中でも最もオープンなサウンドを展開するものと比較しても、勝るとも劣らない広大なサウンドステージが展開されるうえ、四方八方のぐるりから音が飛んでくるように感じられるからである。これは持前の強いドライブ力、つまりヘッドホンの振動板を一切の曖昧さを排してコントロールする能力が、電源の強化により如何なく発揮されるからに違いない。

特にTHA2のバイノーラルモードであるジークフリートリンキッシュをかけたまま、アンビエンスやエコーなどのエフェクトが多くかかった音楽を音量を上げて聞くと、音が真上から降ってくるような錯覚を覚える。空間が前方の左右に広がっているだけでなく、上方・下方にも大きく開いているような心持ちになる。これほどサラウンドな聞こえ方になるのはTHA2の特殊機能であるジークフリートリンキッシュを担う回路にSNに優れた大電力が速やかに供給されるためだろう。

この電源ケーブルを挿すとSNが高まることが異口同音に言われているが、これは本当である。これまで使ってきたあらゆる電源ケーブル、あらゆる電源装置と比べても、その効果はトップクラスにあるばかりでなく、“ごく自然”な静けさという意味でも秀逸。すなわち、強力な電源装置を使うと時に静けさが過剰で、不自然かつ人工的なサイレンスに傾くことがあるが、そういうやり過ぎがこのケーブルにはない。これは外音を強制遮断した無響室で音楽を聞くのと、周りに音を出すものがないために静かになっているオープンスペースで音楽を聞くのとの違いをイメージして頂くとよい。

余韻の滞空時間は明らかに伸び、曲が終わった後の静寂をエンジニアが切った瞬間が明確に聞こえてくる。二段階の静寂。さらに、音像の描写はきめ細やか、音の流れは実にスムーズになって言うこと無しのサウンドとなる。

THA2でのリスニングは音数が多く、この音楽にはこういう音が入っていたのか、こういう楽器の前後関係だったのかと気づかされる瞬間が多い。そういう意味でこのアンプはいわば“気付き”系機材なのだが、その側面がK電源ケーブルを挿すことで、さらに増幅される。そしてこれほど音数は多くありながら、音は痩せず、豊かなボリュウムを維持する。ODINのように音を締め上げ過ぎないところは、ベテラン向きの音作りかもしれない。


実際、このシステムでは本当にヘッドホンで聞いているのだろうかと疑うシーンが数多く展開する。これは並みのヘッドホンの世界をとうに超えた世界である。

特に音のスピード感や立体感の表出、音場の自然な静けさ、音の色彩感などについては、スピーカーシステムからさえあまり聞いたことのないような感覚に陥る。それは単純に優れた音質という意味もあるが、それよりも独特な味わいの音と言ったほうが正確だ。私のカスタムしたTHA2MDR-Z1Rのペアに独特のサウンドの深まりなのか。少なくともNAGRA HD DACRe Leaf E1xDACとアンプがセパレートされたペアのサウンドにはこういう独自のアプローチはない。あちらはむしろ優等生的で簡潔な行儀の良さが前景に立っている。


例えばRe LeafNAGRAのペアは澄み切った冬空を眺めるような透明感、音と私の間に夾雑物が全くないというシンプルさで魅せるが、K電源ケーブルを挿したTHA2では青い湖の底を清らかな青い水を通して見つめるようなイメージとなる。これは実に奇妙な感覚。音と私の間は僅かに色味があり、弾力のある液状のマトリックスで満たされているが、その存在が邪魔ではなく、むしろ思わず涎が流れそうな快感へとつながる。

音に美しい透明感があることは共通だが、その透き通りの印象は異なる。

この水のような独特の透明感は楽音固有の色彩を濃厚かつ高密度なものとして演出する効果もある。THA2の持ち味はこういう意味においても、K電源ケーブルの存在により生かされる。


このTHA2改の能力のハイライトはクラシック音楽、

特にオーケストラ演奏のハイレゾデータの再生だろう。

私の経験では、ハイレゾであることと、再生音が高品質であることは必ずしも関係ない。ハイレゾと一口に言っても、そのパラメーター、製作プロセスは様々で、実に雑多な内容の音楽データを指すものだからである。その雑多なデータを沢山買って聞いた私の見解を言うならば、その90%はハイレゾであることの有り難さを実感しにくいものだということ。CDリッピングよりも若干音がいいかな?ほどの音質向上しか感じないものがほとんどである。この程度の音質向上しかないのに、値段は普通のCDと同じかそれ以上、ライナーノーツもなく、中古販売もなく、売却することもできない。つまり、私はハイレゾを信じていない。

e0267928_23332632.jpg

しかし例外はある。ラトル率いるベルリンフィルが製作したベートーヴェン交響曲全集の24bit 192kHzのハイレゾデータは恐るべき高音質を誇る。このデータのみならず、ベルリンフィル直販のハイレゾデータはどれも絶品。ハイレゾの意味がすんなりと了解される。最近、ダイレクトカットのブラームス全集が話題のベルリンフィルだが、あんなに高価で特殊な音源に手を出す前に、まずここで製作された一連のハイレゾデータのシリーズをダウンロードして聞くことをお薦めする。演奏が素晴らしいだけでなく、はじめから最上級のハイレゾデータでダウンロード販売することを狙って、周到な準備のもとに録音されたに違いない。昔のアナログ録音を高位のハイレゾに焼き直して売りつけるようなものとは違うのだ。


これを手前どものTHA2改システムで堪能する。素晴らしい。各パートの重層性、タイミング、演奏空間のスケールなどが驚くほどの精密さで再生され、ベルリンフィル独特の香り(最近は昔よりも薄まっているけれど)がしかと聴き取れる。GOLDMUNDは元々JAZZやポップスなどよりもオーケストラの演奏の再生が得意なブランドで、私がTHA2を買ったのもそこらへんに一つ理由があった。ここ十年避けてきたクラシック音楽をそろそろ高音質で聞き直してみたくなったのである。この回帰はこのデータの存在なしには達成できなかった。なるほど、サウンドステージの広がりなどではスピーカーに敵わなくても、クローズしたハウジングの中での、耳の直近で発音されることによる音楽描写の緻密さ、曖昧さの少なさではヘッドホンが上回る。聞こえるべきものが全て聞こえる快感。スピーカーはだませてもヘッドホンはだませないとは、よく言ったものだ。

このデータをスピーカーとは違う視点から味わい尽くすのに、

優れたヘッドホンシステムは必須である。


もうひとつ、このデータを楽しみつつ思うのは、ハイレゾというものはフルオケの演奏のような膨大な音数を持つソースに対して、その威力を発揮しやすいということ。もちろん、はじめからハイレゾデータで販売することを考慮したうえで録音されたという前提は必要だが・・・。音源が数個に過ぎず、情報量がそもそも少ない、シンプルなロックバンドの演奏や、もっと音数が少ないクラシックの独奏なんかを、この種のデータで聞いてもハイレゾの有効性は実感しにくい。そういう演奏の細部を掘り返してもなにも出て来ない場合が多いからだ。

やはり音楽の種類によるデータの形式の向き不向きはある。


別言するならTHA2のサウンドは最上級のゴールドムンドのシステムが奏でる音の相似形だ。しかし、細かい所に手を入れ、電源も奢ったうえで、長期間電源は入れっぱなし、またヘッドホンも十分に奢らないと、そう言い切れるような状態に持って行けない。私の経験から言えば、THA2はポン置きで聞いても、その実力の6割程度しか出せていない。つまり、このTHA2は高価なわりにはモノとしての完成度は低いと言わざるをえない。目指す音を得るのに、かなりの投資が必要だからだ。出音のみならず、そういう意味でもRe Leafとは対照的なのである。ただし特殊な例を除けば、その潜在能力自体はE1を含めた今市場にあるどの製品よりも高い部分があるのだから捨て置けない。



About recable......


そろそろTHA2側のチューニングはこれくらいにして、MDR-Z1Rのリケーブルについて考えよう。高級なリケーブルとしてKimber kable AXIOSがメジャーではあるが、BriseSiltechPAD、アコリバでも同じかそれ以上に高価なリケーブルを提案していて無視できぬ。これらを全部買うか、借りるかして試そうとしたところ、既にそれに近いことをやった方から、どれもドングリの背比べであり、どれにもそれぞれ長所と短所があり、総合的に完成度が高いと言い切れるリケーブルがはまだ市場にないので、最終的には純正のケーブルが一番真っ当な選択ではないかというニュアンスの話を伺った。そうか、確かに凄さもないがクセもない純正ケーブルみたいな方向性のリケーブルがいいよね。なにしろMDR-Z1Rは音の鏡だから。でもこのデフォルトのヘッドホンケーブルじゃつまらない。

e0267928_23361940.jpg

私は一計を案じ、いつもお世話になっているDmaaさんに連絡を入れ、あるヘッドホンケーブルを特注した。そのケーブルは二つあるTHA2のヘッドホンジャックの片方を左側、片方に右側のみにあてることで、ジャックの分だけであるが、左右のチャンネルの物理的な干渉を避け、チャンネルセパレーションを良くするのを狙ったものである。ただしTHA2では、二つのジャックそれぞれに別なアンプが当てられているわけではないので、この方式はHPAの回路との兼ね合いでは意味がない。これは少しでも音が良くなるならなんでもやるという私の立場の現れに過ぎない。しかし、こういう小さい違いを積み重ねることにも音質的意義はあると信じる。また、どういう結果になるにしろ世界中でこういう馬鹿なことをやっているのは俺ひとりだろうという阿呆な優越感はオーディオを前に進める原動力でもある。もちろんDmaaがリケーブルで使うフラットケーブルの色付けの少なさも特注した理由に含まれるが・・・。


実物が到着してみると、スイッチクラフト製のヘッドホン側端子にはねじ込み式のロックが装備されており、Dmaaらしい、さりげない作りの良さが見て取れて嬉しかった。

サウンドもイメージ通りであり気に入った。

このリケーブルには音色がない。全く素直に、音を素通しするのみ。誇張のない音場の広がりが得られ、MDR-Z1Rの密閉型らしからぬ音場表現をさりげなくサポートする。多人数のコーラスはナチュラルに響き、一人一人の声質が区別できるような詳細な描写。また定位の良さは秀逸で、音像に安定感が増した。これは料理で言う最後のスパイスの一振り、絵画でいう画龍点睛だろう。

これでいい。システムの完成としよう。

なお、今回のTHA2に関するリケーブルとは別に、各社のリケーブルについてRe Leaf E1xを使って、さらに時間をかけテストする用意もある。いつかそれをレポートとして書く可能性もなくはないだろうが、それは別稿としよう。



Summary


さて、そろそろ散財のアイデアも尽きた頃だし、ゆるゆると締めくくる。

この3回続きの駄文は不敵にもMDR-Z1Rを「鳴らし切る」と題されているが、結局のところは、ヘッドホンアンプを強化し、このヘッドホンの能力を使い切ろうと励めば励むほどに、むしろこのヘッドホンの真の卍解(ばんかい)、すなわち上流を映す「鏡」という能力がクローズアップされてしまった。

これではヘッドホンアンプの能力が変化しながら向上して行くことをつぶさに観察しているだけのことではないか?

MDR-Z1Rを鳴らし切ろうとした結果、「鳴らし切る」というヘッドホンに対する能動的行為とは真逆の構図をここに描かされてしまったようだ。


恐らくMDR-Z1Rは現時点で最も完璧に近い密閉型ヘッドホンであり、このヘッドホンの登場には、かつてHD800という、開放型ハイエンドヘッドホンのde facto standardつまり事実上の標準機が生まれた時と同じくらいのインパクトがある。MDR-Z1Rを聞いていて、このことが分からない場合は、このヘッドホンが生理的に合わないか、あるいは適切なセッティングのもとでドライブされていないかのどちらかだ。

今回のテストを踏まえて、あえてこのヘッドホンへの要望をSONY様に申し上げるとしたら、もっと重量が軽く、もっと能率が高いとなお良いということ。

GRADOのヘッドホンのように、もっと本体が軽く、

もさらに軽々と鳴るような側面があればさらに完璧である。


ここまで来るとFocal UtopiaAudeze LCD-4HE1000など、もっと高性能であるかもしれないヘッドホンたちを差し置いて、何故、SONY MDR-Z1Rに万策堂は固執するのかと訝(いぶか)る向きもあろう。それは確かに傾聴すべき意見だが、私がそれらに背を向けている理由はいくつかある。

まずMDR-Z1Rは実質的に密閉型ヘッドホンである。このヘッドホンは外音をかなりの程度、遮断できる。一方Focal UtopiaAudeze LCD-4HE1000といえどもオープン型であるから、僅かにしろ、それを聞く部屋の環境に左右される。本当にハイエンドなオープン型ヘッドホンを限界まで使いこなしたいなら、部屋の静けさにまでこだわる必要があるが、それではスピーカーシステムと本質的に変わらない。密閉型こそヘッドホンの王道であるべきという理念を、スピーカーに疑問を持つ私が崩さないのは、そういうワケだ。

この周囲の音・部屋の影響を受けにくいというヘッドホンのアドバンテージをMDR-Z1Rはより高価なオープン型ヘッドホンよりも強く享受できる。そこに、現世界にこれ以上の音質を持つ密閉型ヘッドホンは恐らく存在しないという要素を加えれば、

このSONYのヘッドホンに私が執心する理由が見えてくる。


またMDR-Z1RSONYという大家電メーカーが作ったからこの価格帯に留まっているに過ぎない。仮にこれほどの技術内容を持つヘッドホンを中小企業が作れば50万円は軽く超えてしまうだろう。価格帯でUtopiaAudeze LCD-4、あるいはHE1000のグループには入らないが、同等以上の格を持つ機材である。


加えて、UtopiaにしろAudeze LCD-4にしろHE1000にしろ、MDR-Z1Rに比べて幾分鳴らしにくかったり、エージングに時間がかかったり、音の癖が目立ったりもしている。高い潜在能力を持つが、鳴らしにくく、多少クセのあるヘッドホンに投資するより、潜在能力は普通より少し上くらいにしか見えないが、鳴らし易く素直なヘッドホンに大きく投資して、予想外のポテンシャルを引き出す方が、故障率も含めて結果がいい。(Audeze LCD-4HE1000はいまだに故障があると聞く)


最後に反省である。

ここで今回のテストは一応の決着を見たが、

この試行錯誤の手際の悪さはなんたることか。

実はここに詳しく書くほどもなくテストで不採用になったオーディオグッズがいくつもある。T社のカーボン製の板、V社の重たい電源ケーブル、SK社の長い電源フィルター、E社のコンセント、N社の巨大トランス、I社の青いインシュレーター、AC社のクリーン電源、C社の白い電源ケーブルetc・・・。

ことほどさように、オーディオには時間とカネの無駄がつきまとう。

こんな無様を幾晩も徹夜してやっておいて、

果たして私はヘッドホンサウンドの限界点に少しでも近づいたのだろうか。

近づけたのだろうか。

おそらく誰も聞いたことのない音が、二つのシステムをまたぐMDR-Z1Rから聞こえているのは確かだが、これこそまさに唯我独尊というやつじゃないのか・・・・。

疑いは未だ晴れず、自信などこれっぽっちもありはしない。

つまり、私の中に、まるで心の内なる声のように響いてくる、この音が暗示するものについて確かなことは、まだ何も言えぬ。この音が必然の結果なのか、偶然の集合体に過ぎないのかすら私には分からないのだ。ましてやこれが、オーディオの善悪の彼岸に近づいているかどうかなど万策堂如きが知る由もない。

e0267928_23273036.jpg

悲しくも可笑しな話だが、私にできることは、ただこの独特な音と、それを得るまでの杜撰(ずさん)な経緯を記録として残し、他人の嘲笑のネタになることぐらいなのである。


by pansakuu | 2017-02-02 23:42 | オーディオ機器