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スマウグの巣穴にて

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この匿名の文章を書くにあたり、当事者の許可を得るのに時間がかかった。
彼が、この話を公けにされることを渋ったからではない。
連絡がつきにくい状態になったからだ。

この東京には多くの外国人が暮らしている。
都心の低層マンションのワンフロアを借り切って住んでいた、この話の主人公もその一人である。
見かけは小太りで小柄な老年男性である。客に対する柔らかな物腰と笑顔は多くの日本人の警戒心を何時だって解きほぐしたものだ。外国なまりは多少あったものの、日本語は大変流暢であった。私は事情があって渋々出掛けた集まりで彼に出会い、その場で共通の趣味を持つことを知った。すなわち彼は”自称”オーディオマニアだった。

彼と初めて二人きりで食事をしたのは香港であった。
あの時のことはよく覚えている。
眺めのよいレストランの大窓から見える高層ビルディングの中から、香港ではそこそこ有名なあるホテルを指さして、あれは最近まで私の持ち物だったが、この前の株価の大きな変動で手放さざるをえなくなった、残念ですと彼は言ったのである。彼が自分のカネに関する話をしたのは、その時が最初で最後だったと記憶しているが、その一言だけで、はっきりとその財力の大きさが意識された。
ただ、彼の財力は彼の商売熱心から来たものでも、受け継いだ遺産でもないらしいことも別な人間から聞いて私は知っていた。彼はアフリカや東南アジアで商売はするが、損失も少なくないと聞いていた。また、彼はこの国に身寄りがいないとも。それらの大切な人間関係を全て本国へ置いてきたのだ。政治的な問題に巻き込まれたらしいのである。そういう事実上の亡命者である彼の財力は、本国でのかつての政治的立場の高さから来たものだろう。深い事情を知らない者は、そのカネの性質について、これ以上は言うまい。ただ、言っておきたいのは、そういうお金の流れがなければ、物事がまるで回らない国も現実に存在する。彼は好きでそれを貰っていたわけではない。自分の運命に対する諦めと自衛本能がその莫大な蓄財の源泉なのである。
とにかく金持ちには金持ちにしかない悩みがあるのだ。

そういう物凄い財力でオーディオをやる。
一見してそれは私のような貧乏人にとっては大変羨ましいことであった。
私は香港の彼の家に行った。
らせん状にカーブした階段を下りると天井の高い大広間にポツンとGOLDMUNDのFull EpilogueとUltimateシリーズのセットが置いてあった。電源を抜いて放置された古いモデルやケーブル類、アクセサリーを合わせると総額では一億円に近いラインナップであった。ポツンと書いたのは、その部屋が広かったのと、家具も少なく人っ気がなかったからである。
ああゆうテニスコートみたいに広くて天井の高い環境で
ボリュウムをいっぱいに上げて聞くGOLDMUNDのフルシステムの威力は凄まじい。
オーディオは部屋だという人がいるが、それは違う。
部屋なんかで鳴らしているうちはまだまだなのだ。
もし、それを言うならホールだろう。あれは部屋と呼ぶにはあまりに広かった。天井が高かった。
最高級のGOLDMUNDのフルシステムが、ああいう大ホールで鳴るからああいう音になる。
日本のショウで似たようなシステムを聞いた覚えもあったが、だいぶ違っていた。
柔らかで清々しい大嵐が部屋中に吹き荒れるような時もあれば、
ひたひたと迫る音の洪水に囲まれてリスナーはもう溺死しそうになる時もある。
そんな狂瀾の場の直後にも、
小さなクモの足音のような恐ろしく小さな音が聞こえるような静寂が訪れる。

だが、こういう超富裕層の常なのか、彼は良い音で音楽を聞くことをこよなく愛したものの、現在、市場にどのような機材が売られているのか、細かい情報はほとんど知らなかった。私のように方々に試聴へ行って検討を重ねて購入に踏み切るなどというまわりくどい過程を好まない。このGOLDMUNDのフルシステムも知り合いに紹介されたオーディオショップで勧められるままに買ったというだけのようであった。
会った当初、GOLDMUND以外のメーカーの機材のことを彼はほとんど知らなかった。
そのせいか、私が様々なメーカーのオーディオの話をするのを彼は面白がった。
例えばシステムの全てを一つのメーカーの製品で揃えるのではなく、
色々なメーカーが作り出したものを組み合わせて楽しむことに興味を抱いたようだった。
海外の金持ちにはそういう視点が完全に欠落している場合がある。
要するにどれとどれを組み合わせるのか、考える暇もないほど忙しく、
またそれを面倒と思っているらしい。
お金はだすよ、あとは任せた、うまくやって頂戴。
でもそれじゃオーディオは楽しくないと私は彼に説教した。
身の程もわきまえず。
彼はいつものように、にこやかにうなづいて聞いていた。
しばらくして、また彼の家に行くとステレオサウンドがソファーの上に置かれていた。
聞くと、今まで、こんなに有名な雑誌すら、手にとって読んだことがなかったらしい。

しかし、その後、周知の事情で彼は香港に居られなくなった。実はそれは大昔に結ばれた条約で決まっていたことだった。そして彼の居場所はさしあたり日本に限られることとなった。勢い彼と私は、以前よりは頻繁に会えるようになった。

低層マンションのワンフロアを借り切った彼の東京の棲家には、いわゆる執事ではないが、それに近い役目をする人、食事の世話等の家事を行う日本人男性が一人雇われていて、私の自宅から送り迎えをしてくれた。片道40分以上かかるその道行、陽気なその男性と話していて、雇い主の性格が話題になったことがあった。その男性が言うには主人はとにかく一貫して怖い人間なのだと。時には些細なことで、憤怒にかられた竜のように暴力を振るって女たちを困らせるのだと言う。女性?どこにそんな人がいるのですか?私は少なからず驚いた。一方、その男性は私がこの話を聞いて驚いたことに驚いて、即座にその話をやめてしまった。
富豪の中には壁にかけるトロフィーのように美しい女性を収集する者がいるが、彼にその趣味はなさそうなどころか、女性の姿や匂い、持ち物を一切、彼の家でみたことがなかった。深く秘められているのだろうか。オーディオもまた彼が外部に対して秘めている趣味のひとつかもしれないとその時気づいた。私は気に入られていたのかもしれない。オーディオ限定で。
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トルーキンの編んだホビットの冒険という本にある、中つ国に棲む竜、第三紀における最強にして最後の竜スマウグを私は思い起こした。彼は財宝の上に眠り、全てを知る者である。そして、その怒りと悲しみを受け止められる人間は存在しない。私はスマウグの巣の中でオーディオを愉しむことを許された、か弱い人間であった。こうして私は現代最上のハイエンドオーディオを消費する人間の素顔、その一面を知ったのである。

これほどハイエンドオーディオが高価格化し、たかが音楽を聴くだけのために払う対価としてはありえないレベルになっているのだが、これを普通に買って聞く人間はやはりどこか普通でない側面を持つ可能性がある。また彼らのうち少なくとも何割かはオーディオや音楽に深いこだわりをもたないらしい。これこそ理解に苦しむような気もするが、しかしむしろ腑に落ちるような気もする不思議な側面でもある。

彼と連絡がとりにくくなってからずいぶんになる。
私が油断している隙に東京から退去したのだ。
今はアメリカにいるが、そこも仮の宿なのだろう。
多少、大袈裟な言い方なのかもしれないが、追手が来たと彼は笑う。
国の財産を持ち出した者に仕立てられているとか。
この前、WSJを読んでいたら、確かにそういうことがあるらしいと書いてあったっけ。
仮に犯罪人引渡協定がある国だとすると、本国に送還されてしまうらしいのだ。
そういう彼は東京に戻ってくることがあるのだろうか。
ないかもしれない。
でも個人的な希望としては、
オーディオはどこへ行ってもやめないでいただきたい。
そしてステータスシンボルとしてではなく、
本当に心からオーディオを好きになってもらいたい。

いつか、どこかの国のオーディオショップでソファーにうずもれて試聴している、小柄な老人の後ろ姿、あの丸い頭のシルエットを私は見かけるかもしれない。
その背後に神秘的な暴竜のオーラを漂わせながら、
目を閉じてオーディオに浸る彼の横顔をもう一度拝めるだろうか。
私には分からない。

by pansakuu | 2017-01-03 16:28 | その他