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ARAI Lab MT-1 昇圧トランスの私的インプレッション:悩ましきMade in Japan

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俺たちが売る一番大事なもの、それは、Made in Japanの誇りだ。
by小松万豊


Introduction

世界で最も優れたオーディオギアでありながら、日本でしか製造できないモノを、私はいくつか知っている。
例えばKan Sound LabのMEWONリボンツィーターやMy sonic, IKEDA, ZYX, MUTECなどの高級カートリッジ(世界のハイエンドオーディオファイルに出回る高級カートリッジの70%以上は実は日本製である)、EsotericのSACDドライブメカ、AccuphaseのAAVAボリュウム、Re Leafのヘッドホンアンプ、TechDASのアナログプレーヤーなどが該当するだろう。スピーカーやアンプというメインの機材で最高を求めると、どうしても海外製になってしまうが、特に細々したアクセサリー系の機材に関しては日本の技術が生きることは多い。
最近、そういう特別な機材の列に新たに加えるべきものを私は聞いてきた。
ARAI Lab製のMT-1という昇圧トランスである。
(写真は持っていないので、HPより拝借しました。申訳ありません。)

昇圧トランスというグッズは、以前のアナログオーディオの名残のようなものだと思う。昔、プリアンプにビルトインされていたフォノはMM型カートリッジ用に作られたものが多かったので、MC型のカートリッジを使いたい場合は、電圧を適合させるための昇圧トランスを別に買って途中にかませていたのである。この昇圧トランスの選択でかなり音が変わることはよく知られている事実である。

しかし最近のフォノイコライザーにはMCポジションがほぼ必ずあるものだし、その出音も優秀である。またMMよりはMCカートリッジが圧倒的に多い時代でもあり、フォノイコライザーのMMの端子はあまり使われない。現にMC専用のフォノイコライザーもいくつもある。それに、この状況でもあえて昇圧トランスをかませてレコードを聞く意味を感じさせてくれるようなトランスはほとんどないと私は承知している。(実はアナログシステムを選ぶ際に、いくつも聞いたのだが、ピンとくるものはなかったのである。)

現在、日本のオーディオの市場には50機種ほどの昇圧トランスが売られているが、その大半は受注生産品であり、マイナーな存在である。そして、それらの価格は、今まで最も高価なものでも50万円(テクニカルブレーン製のTMC Zero)ほどであった。今回試聴したMT-1は150万円とその3倍の価格である。ますますマイナーでマニアックな存在だ。確かに300万円オーバーの超高級フォノイコライザーが次々に登場する時代であるから、こういうのも出てきておかしくないのかもしれないが・・・。とにかく価格に見合う音の変化が現れるものなのか、現物に当たってみるほかはない。


Exterior and feeling

実物に接してみると、その造りからして、既に他の製品とは別格のものに見える。ジェラルミンの削り出しのツインタワーのようなケース、分厚い真鍮製のベースプレートと制振材であるfo.Qを敷いたアルミ製のフットがガッチリと組み合わされている。かなり重厚かつ精緻なつくりである。チープな感じは一切ない。それから昇圧トランスとしてはかなり大型であるのも特徴である。これは私が今までテストした10機種あまりの昇圧トランスの中では最大の製品である。

この昇圧トランスは、使用するカートリッジを指定して注文し、一点づつ特製するのが最大の特徴である。これがコストがかかる原因の一つである。
こんな面倒なことをするのは昇圧トランスのインピーダンスとカートリッジのインピーダンスを完全に一致させたいがためである。このため、インピーダンスによってコイルの巻き数が異なることになる。すると本体価格も当然、変動する。その変動幅は30万円ほどにもなる。つまり、かなり太くて高品質の線材をふんだんに用いているとも想像できる。またかなり大型のファインメットコアをダブルで使用しているらしい。
線材が巻かれたトランスはケースに入れたあと、振動を抑えるため特殊な充填剤をケース内に注入するのだが、空気が一切入らないように、真空チャンバーを使うという念の入れようである。これほど意を尽くして作られた昇圧トランスを私は知らない。

また、私がメインで使用するMy sonicのUltra eminentなどの1Ω前後の超低インピーダンスカートリッジに関しては、その性能を引き出す昇圧トランスがないという話がある。(My sonicで作っているものを除いてであるが・・・。)このような場合、オーダー形式の昇圧トランスが有利なことは間違いない。思い返せば以前、Audio Note製の銀線を巻いた昇圧トランスを試聴したことがある。あれは、かなりな美音を出せるものではあったが、私の使用するカートリッジにマッチしていたかは疑問であった。やはりインピーダンスが一致するに越したことはない。


The sound 

ある程度出来上がったアナログシステムの中に、使用するカートリッジとインピーダンスのマッチングを取った、この豪華な昇圧トランスを組み込む。それは聞き始めから絶句してしまうような忘れがたい体験であった。
なにしろ150万円のトランスなのだから、当たり前なのかもしれない。とはいえ、そういう鳴物入りの製品の大半は、価格に見合うようなものではないとこっちは知っているわけで、はじめから疑って試聴しているのである。
幸か不幸か、このMT-1は例外であった。
試聴はミドルクラスのターンテーブルとアームにMy sonicのEminentを合わせたアナログシステムを用いたものであり、当然、カートリッジとインピーダンスのマッチングを取っている。

一言で言えば、このトランスをかませると音の深みが大幅に増す。このような変化はシステムの構成要素の何を替えても得にくいのでは?大衆小説と純文学の情報量と質の違いというか。あるいは短編集と長編小説の読後感の違いというか。得られる感動の質とボリュウムが格段に多彩かつ多量となる。音楽の微妙なニュアンスの様々が、リスニングルームいっぱいにひろがってゆく感じである。
システムのトータルサウンドは、このトランスの有無によって相当に変わってしまう。

このMT-1ではなにかと引き換えになにかを失うということがないどころか、全てが揃って向上するという、ほぼありえない結果が得られる。こういうバランス感覚のある優秀さに日本製品の日本的な良さを認める。
実際、このMT-1による、低域の沈み込みや高域の伸びの良さ、中域の陰影感の増大とスピード感の向上は目覚ましい。音の輪郭は、より明瞭になっており、それに加えて柔軟さとしなやかさに満ちた音の流れ・躍動の表現も巧みである。
定位感に優れることも、特筆すべきだろう。音像がビシッと音場に固定されたような安心感がある。落ち着いて音楽に浸れる状態になる。
この音は鮮度感も低くない。確かに料理された音であり、トランスを介したらしく、ややコッテリした濃厚な味わいもついて回るのだが、音が縮まらず、スカッと伸びるのだ。音の切れもいい。鈍った音には全然聞こえない。
またとてもカラフルな音とも取れる。音色の描き分けが見事で、明暗や濃淡だけで音楽を語らない。様々な楽器や人の声の調子、質感を細部まで詳しく説明してくれる。音に色があるように感じられるのは、こういう詳細な音の触感を感じられる場合に限られる。

それになんといっても、ダイナミックレンジが狭まらず、むしろ広がったように感じられるのはありがたい。これがこのトランスを導入して一番嬉しくなる部分だろう。
通常、昇圧トランスを入れると、レンジはほぼ必ず狭くなる。のみならずレスポンスは遅めとなり、音像は丸みを帯びてくる。むしろそういうノスタルジックなセピア色の音を創るために、ヴィンテージの昇圧トランスを選ぶ方も多いのではないか。オーディオはノスタルジーと言外にアピールするヴィンテージオーディオマニアたちはこの鮮烈かつカラフルなMT-1のサウンドをどう聞くのか?個人的に興味がある。MT-1は過去のアナログオーディオの名残ではない。
例えば普通のトランスは、10~50kHzぐらいをカバーするものだが、このMT-1は1.5~140kHzまでフラットなレスポンスがあるという。またコイル自体の品質係数Qも通常の昇圧トランスの70倍であるという。Qはスピーカーを駆動する力、制動する力を反映する値であり、ARAI Labではパワーアンプを替えた位の効果を期待できると謳う。
おそらく、これはもう技術的に凡百のトランスとは別物なのである。こうなればインピーダンスのマッチングが仮になくても、かなり優れた音質が期待できる。

試しに、一旦、MT-1を外して、もとのフォノのMCポジションできいてみると、かなり寂しい音になってしまう。謳い文句の通りにスピーカーの駆動力も上がっていたようで、外すと躍動感が3割減ぐらいになってしまう感じだ。

マニアの間では知れたことだが、My sonicでも、手持ちのUltra Eminentに合わせた昇圧トランスを作っている。Stage1030(30万円)という製品である。かなり以前に、そのアンバランスバージョンを組み合わせて音を聞いたことがある。(バランスバージョンも最近加わったが、それは聞いたことはない)確かに、あれはあれで良いマッチングがあったのだが、おそらくMT-1の敵ではないだろうと回想する。Stage1030の印象はMT-1に普通の良いトランスでしかなかったからだ。MT-1のような特別な印象がない。つまり、かなり大きな音質差があるという予想が容易に立てられるほどMT-1を使った場合の音の出来は立派だった。


Summary

確かに、このトランスのサウンドは素晴らしい。でも悩ましい。

例えば、この価格にして、厳密には、たった一つのカートリッジにしか適応しないというのはどうなのか。それがこの製品の最大の特徴であり、原理であるとしても、どうにも納得できない気分が残る。
例えばそのカートリッジがくたびれてきてしまい、新品に交換しようにも、あるいは針だけを換えようとしても、既にメーカーが消滅してる場合は、そのカートリッジは再生できない。150万のトランスが宙に浮くことになりかねない。(ただ、このトランスは、インピーダンスが多少ズレたとしても、少なくとも他のトランスよりははるかに優れた音を出すことは、ほぼ間違いない。基本的な能力が桁違いなのである。)
それから、これだけのトランスを買うような個人は、既に多くのカートリッジを所有することが想像できるが、そのうちどれを選んで、このMT-1とマッチさせるのか?それも難しいところだと思う。価格のみならず、大きさも小さくないから、いくつも買いたくなるようなものではないと思うし。
このトランスは音がかなり良いだけに、そういうことを考えるとますます悩ましい。

ところで、最近はよく「日本のものづくり」とかいう言葉を全面に押し出して、日本人の意識を煽ろうとする言説に出くわす。これは震災以降に顕著になった傾向だが、私にはあれは悲しい叫びの裏返しのようにも見える。
日本の技術は確かに優れているが、それが必要とされる分野はとても狭い範囲にとどまる。(細々したオーディオアクセサリー系の機材に関して日本の技術が優れているというのが、それにあたる。)そして斬新な発想を軸にして、バラバラに散在する技術を有機的に結合し、一つの全く新しい製品に仕立てる企画能力にも欠けている。(i podやi phoneは日本発の製品ではない。)さらに人口減少が技術伝承者の減少につながっている。
一方、冷静に曇りのない目で外を見れば、韓国や中国の技術レベルは日本とほとんど同じかそれ以上になっていることに気付くはずだが、それを報じる向きも少ない。分野によっては、もうすでに追いつかれ追い抜かされている事実には目をそむけている。何にしろ日本人は綺麗事を好みすぎる。そして隣国人よりも徹底したリアリストではない。反省し、見習い、変わるべき点だろう。
いろいろな意味で日本の技術は行き詰まり、全体としては衰退していると見るべきである。現代における「日本のものづくり」への賛美は、衰えつつある日本の技術を惜しむ悲壮な叫びの裏返しでもあるのだ。

そもそも、職人的な技術を使って作られた製品を、高い対価を払って購入する消費者自体が日本に少なくなってきている。日本人は口では甘い称賛をするけれど、実際には自国の高価なモノを進んで買わない。自分の懐を進んで傷めようとはしないケチな人々だといわれば、そうかもしれない。(これだけ選択肢があるから仕方ないのか?)
これは日本の職人の仕事がコスト高であるためだけではない。職人ではない日本人全体に、素晴らしい技術と、それを持つ職人に対するリスペクトが実は欠けているのだと思う。特に若い人にその傾向が強いと私は見ている。それは主に彼らがスクリーンの向こう側の二次元の世界にあまりにも深く関わり過ぎて、実体物に親しまないためだろうか。彼らは幼少時から、様々な職人の手仕事の現物に触れて感動する機会が少なかったのか。全員がそうだとは思わないが、現物・実体物を軽視する傾向は強く感じる。残念なことだ。
また世の中全体の指向性として技術そのものよりも、それを利用する新奇なアイディアを尊ぶという傾向もあるかもしれない。事あるごとに世界の賢人として名前の挙がるスティーブ ジョブズは優れたアイディアの人であるが、優れた工芸の職人ではない。コツコツと精緻な手仕事をやり遂げる職人よりも、要領よく仕事を片付けるアイディアやネットを利用した新たな遊びのコンセプトを考えつく者を人々は賞賛する。
結果として日本の技術を駆使したマイナーな製品はコストが高く、多数は売れないので、普通人の手に届かないほど、高価なものになりつつある。150万円の昇圧トランスにもそれは現れている。日本で凄いモノを作ると凄い金額になってしまうのだ。(先進工業国ではどこでもそうだろうが)

日本の技術の行く末がどうなるのだろうと、時々考えてしまうが、結論は出ない。
日本の技術に他国にない良さがあることは言うまでもない。このMT-1を聞いていても、それは分かることだ。しかし、それに手に入れる気が起こらないほど高価なプライスタグが付くようなら、それらは溢れかえる他国の製品に埋もれて、いつか市場から消えてしまうということも自明だろう。いわゆる富裕層のほとんどが、このトランスを求めるほどのオーディオマニアではないということを、こういうマニアックな製品を作る側は理解しておく必要がある。

しかしながら、
そういう生臭い話のカウンターパートにオーディオの夢を追うという話もあっていい。
コスト度外視、売れる売れない考えないでオーディオの理想を求める純粋な遊び心がメーカー側にもあっていい。
だから私はMT-1を否定しない。
しないどころか、自分のWANTEDリストの筆頭に加えたことを告白するものである。
もちろん少々、悩ましそうに顔をしかめながらではあるが・・・・。

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by pansakuu | 2016-07-17 01:17 | オーディオ機器