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H&S EXACTフォノイコライザーの私的インプレッション:或るオーディオファイルへの手紙

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お元気ですか。
私は厳戒のパリでの仕事からやっと帰ってきて、これを書いています。
眠たいので、どうもまだ覚束ない書きぶりなんですが・・・。
ひどい時差ボケを直すために、ぐっすり寝るのは勿論ですけど、
なにか新しいオーディオのアイディアを試して気分を変えることも考えたいですね。
なにせオーディオが好きなもので。

半ば必要に迫られ、しかし半ば気まぐれでというところでしょうか。
私の部屋に昨日、小さなフォノイコライザーが届きました。
これは30年以上前に西独で製造されたヴィンテージの機材を借りたのです。
かなり昔の話ですが、あるオーディオ評論家の方と、こいつを聞かせてもらう約束をしたのですが、その後で御本人が急死してしまい、結局聞けず仕舞いになったという、いわくつきのフォノです。
H&S EXACTという、知る人のみぞ知る傑作フォノイコライザー。
30年ぶりの再会?いや、懐かしいのですが初対面です。

とっても小さなフォノでございます。
筐体は28×15×6cmしかない。重さは2.5kg。
電源部は内臓されており、別電源はありません。
実に軽快な機材。
フロントパネルは恐ろしくシンプル。
電源とMM、MCの切り替え表示の赤いランプのみです。
ここにスイッチ類は無し。
ブランドロゴにはデザインも無い。
なんだかアノニマスなデザインですな。
リアパネルにはMMとMCの切り替えのトグルスイッチと端子。このEXACTの端子は全てLEMOとなります。これは特殊なスイス製の端子で、とても細いがロックがついていて確実に接続できるし、不思議なことに着脱の際にノイズが出ない。そして何と言っても音がイイんですね。今はプリアンプの接続用としてはほぼ絶滅してますけど、この端子を使った機材のみが持つ妖しい繊細さがあるのは忘れてはならないと思ってます。それはオールドマークレビンソンの音世界が持つソニックシグネチュアなのですが、この素晴らしきサウンドについては、いつか語る機会もあるでしょう。
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入力インピーダンスはMCで100Ω, MMで47kΩというもの。
周波数特性は14~110kHz±3dB、20~20000Hz±0.1dB、チャンネルセパレーションは90dB。昔のフォノとしては良い数値ですかね。
ゲインは内部のスイッチで変化させられるもので、MCでは28,32,35dB、MMでは34,36,40dBと変わる。でも中をあけなきゃいけないので、ここを変えることはあまりなさそうです。

このシンプルなフォノと大柄なペルセウスを見比べていると、ここ数年は小さな機材ばかり物色している自分を意識してしまいます。ペルセウスにしても、すこぶる音がいいから手を出しただけで、この大きさに関しては全然満足していなかった。NAGRAのHD DACについては、その購入の決め手はコンパクトネスでした。
スモール、シンプル、プレミアム。そういうオーディオを志向しているのですが、トータルシステムとして揃えるとなると、なかなか果たせないものです。

とにかく、最近は聞きたい新製品がまるでなく、パリにいても、ニューヨークにいても、東京にいても至極退屈な日々でした。HD650 Golden Era Meister Klasseを聞きながら、夜の窓辺でぼんやりコーヒーを飲むのが日課でした。(エル ススピーロ拝受しました。美味しいコーヒー豆ですね。)
なんでもいいから、聞いたことも無いような、凄い音を出せる機材に出会いたいと、いつも願っているのですが、このところ、それらしいものが全然現れぬままに、時間が過ぎてゆく。
私がそういう空腹に耐えかねた頃合いで
眼前を、このH&S EXACTが、ふと横切ったわけです。

私はウェスタンエレクトリックやマランツ、マッキントッシュ、クォードなどのレガシーオーディオ系も一通りは聞いてはいますが、そのサウンドがいくら素晴らしくとも、それにハマった試しはありません。
いまのところ、自分の部屋に連れてきたいと思ったこともありません。
そういう私が、なぜこの機材を、ここに借りてきたのか。
気分を立て直す必要に迫られたとはいえ、
やはり、この機材のコンパクトネスに惚れたのかもしれませんね。

モノが到着したので早速、結線して電源を入れて、プレーヤーを回し始める。
まずはラルフ タウナーのライブのLPでもかけてみます。
H&S EXACTは遠い昔に作られた機材ですから、
懐かしいような、多少ぼやけて、カドの丸い音が出るのかと思っていましたが、
それは裏切られました。
このフォノは私の先入観を初撃で砕いたのです。

まずは、この弦の音のキレの良さ、ずば抜けているんじゃないですか。
このキレの中身は、ペルセウスのような柔らかさを伴ったキレの良さというわけではなく、しなやかだが、鋼の硬さを孕んだ切れの良さ。
音のエッジは際立ち、ボリュウムを上げると、巨大な音のカミソリのように空間を切り裂いてゆく。
また、男性的な音の太さが音楽を推進する原動力として常にあって、音楽がグッと前に突出してから拡がります。
若干引いた広い音場を形成するペルセウスとはまるで異なる音の出方。
ボリュウムを上げると音の壁が目の前に立っているような異様な存在感に包まれます。これは、眼前にそそり立つような感覚。
どこかしら暴力的なサウンドではありますが、こういう男っぽい音は昨今のチマチマしたデジタルオーディオを一蹴するようで、実に痛快であります。
ギターの弦の余韻のたなびきも気持ちいいですね。
ECM独特のクリスタルクリアーな空間にタウナーのつまびきが拡散してゆく。
それからSNは大したことないはずなのに、音が妙にクリアーに聞こえるのも面白い。
特にボリュウムを思い切り上げた時の弱音のクリアネス、そして音のダイナミクスの現れに絶句させられます。
筐体が小さく、信号の通る経路が短いせいか、このように小さな機材は鮮度の高い音を出すことが多い。その例に漏れずこのフォノのサウンドは瑞々しい。予想以上に。

音の流れはスムーズな感触でアナログらしいのですが、高域をわずかに持ち上げたようなややブライトなサウンドであり、その意味では僅かにデジタルっぽい癖もあるサウンドです。CHORDのDAVEもそうですが、こういう一聴してわかるようなソニックシグネチュアには、私はむしろ惹かれる。最近の特徴らしい特徴をあえて排除しようとする、ハイエンドオーディオの傾向を私は好かないのです。
確かにペルセウスのSNには僅かに届かない。
(ペルセウスがSNが良すぎるだけ。)
それからあれほどにフォーカスが鋭いわけでもない。
(ペルセウスの音の焦点が合いすぎるだけ。)
しかし、この音の明瞭さ、キレの良さ、豪快さが揃ったものは今まで聞いたことが無いです。王を一手で刺し殺す香車の勢いってやつがありますよね。
ゴール前に飛び込んできたリオネル メッシやクリスチアノ ロナウドのように止められない、圧倒的な躍動感。こういうダイナミックな演奏は上品なペルセウスには期待できない。
ジャズメンに喩えれば、あえてインタープレイをせず、素敵なアドリブを次々に繰り出して、他のメンバーを煽るプレーヤーのようです。求心力でグイグイと音楽を引っ張ってゆくようなところがある。小さい機材だけど、トータルの音を決定する者、システムの主役として機能する。
確かに、これはペルセウスの聞かせる、完全犯罪のような鮮やかなオーディオの手口ではない。西部劇の銀行強盗のように多少荒っぽい仕事ではありますが、これは間違いなく楽しいし、オーディオの真髄のひとつにしっかりと触れています。

このEXACTはE1xを通してヘッドホンで聞いても最高ですね。
ペルセウスで聞くのとそれほど変わらないほどノイズ感が少なく、ペルセウスを上回るダイナミズムが得られます。ニック ベルチェの前衛、ラルフ タウナーのリリシズム、ジョン アバクロンビーの哲学、キース ジャレットの孤独、エンリコ ラヴァのニヒリズム。これらのECM看板アーティストのレコードに秘められた音のニュアンスの深奥をヘッドホンで精査する面白さは、スピーカーでは得られないものです。ECMのレコードは西独製であるせいか、EXACTの恐ろしくマッチするサウンドを持っていますね。録音された音の隅々まで、しっかりと聴かせて、しかも全然、音楽的に退屈ではないというリスニング。これに比べるとスピーカーで聞くECM録音にはどこか曖昧さが残っています。
今はオーディオ全体の価格帯が吊り上った状態ですから、このクラスのサウンドをスピーカーで聞こうとすれば、トータルで2千万円以上の出費ですが、ヘッドホンを使えばその4分の1ほどの投資で済みます。もちろん、根本的にスピーカーオーディオとヘッドホンオーディオは異なるところがあるので、単純な比較は不可能ですが、ヘッドホンは一つのシステムに対する投資がトータルで300万を超えたあたりで、同価格のスピーカーオーディオでは得られない、独特な深みのある世界が見えてくるものです。
そこにアナログオーディオのエッセンスが加わる時に起こる化学反応の結果は、多くのオーディオファイルにとって未体験のものだと思います。

とにかく驚くのは、これが30年前に製造された機材の出す音であるということ。
様々な最新機材を聞いていますが、こんな音を出せるフォノはおろか、DAC、ネットワークプレーヤーも皆無でしょう。唯一無二のサウンドだと思います。30年間、オーディオはなにをしてきたのか。こういうヴィンテージの機材に出会うたびに、オーディオ技術の進歩というものに深い疑いを抱くわけです。測定できる特性の向上と聴感上での音質向上に、どれくらいの相関があるのか。科学的な検証は未だできていないことを忘れるべきではないでしょう。少なくとも私にとって、特性の良さというのは聴感上の音の良さを説明するための後付けに過ぎません。まず音響特性ありきというオーディオの見方は、ハイレゾが有名になるにつれて顕著ですが、全てのオーディオファイルがそれを全面的に信用するほど愚かではないはずです。測定して得られたグラフがいくら綺麗でも、自分の耳で聞いて、音が良いと思えなきゃ意味がない。オーディオは自分の耳で聞いてナンボですよね。
総じて頭デッカチなオーディオになっちゃってるんじゃないですか、作って売る側も買って聞く側も。もっとフィジカルな感覚を大事にしたらどうかなって思う。H&S EXACTのサウンドは本物の人間が肌をすりあわせて直接触れ合うような、赤裸々な生々しさに満ちています。有無を言わさないんですよね、そういうところは。これは今、自分が生きていて、血も涙も汗も体温もある存在であることを思い起こさせてくれる音だ。機械で測れる音響特性で、音の良し悪しを決めようなんて所詮甘いんだと気付かせてくれるサウンドですよ、これは。

別な見方をすれば、アナログオーディオ自体に無限の可能性があるということなんでしょう。例えば先日、MT-1という150万円もする昇圧トランスを聞いて来ましたが、これにも驚かされました。オーディオには終わりがない、なんて言いたくはないけど、アナログオーディオに関しては少なくともそういうセリフもありなんでしょうね。あれを聞くと150万円も納得せざるをえない。トランスというものに対して私が抱いていたイメージを完全に覆すようなサウンドが出てきましたから。
最近、オーディオが、かなり分かりかけてきたつもりでしたが、EXACTにしろMT-1にしろ、聞けばまだ未知の世界がありそうに思える。このような既視感の全くない世界が、ちっぽけな箱をシステムに組み込むだけで現れるという事実・・・・。オーディオってどこまで深いものなのでしょうか。
なおMT-1についてはまたレビューするつもりですから、暇だったら読んでみてください。

二、三日中には、NAGRAをE1xとセットで送ります。貴方のヘッドホンに対する先入観を吹き飛ばせることを祈っています。なお、このEXACTも聞きたい場合は、連絡して許可をもらってくれれば、NAGRAと一緒に送れます。アナログをヘッドホンで聞く面白さを極めてコンパクトなシステムで堪能できることを証明するセットと思います。どうせなら、ECMのレコードも貸しましょうか。物凄くマッチするレコードですよ。その気がおありなら見繕っておきます。

暑い日、雨の日が続きますが、健康と良い音の両方が貴方とともにあらんことを。

by pansakuu | 2016-07-17 01:11 | オーディオ機器