オーディオに関連したモノについて書くブログです。


by pansakuu

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
オーディオ機器
音楽ソフト
その他

最新の記事

電池の時代:Stromtan..
at 2017-10-18 23:31
ヘッドホンに関するフラグメンツ
at 2017-09-02 23:41
OCTAVE V16 Sin..
at 2017-09-01 00:46
Sennheiser HE-..
at 2017-08-20 19:01
ハイエンドオーディオの乖離と..
at 2017-06-05 22:09

記事ランキング

ブログジャンル

音楽

画像一覧

HD600/650 Golden Era meisterklasse Dmaaの私的インプレッション:闇の中の光


e0267928_15353441.jpg

昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか
ニーチェ
光りあるうち光の中を歩め 
トルストイ



Introduction

散々な日々である。
手持ちのオーディオ機材の5割がほぼ同時に故障するなんて、
考えられる最悪の場合を超えている。
まさに想定外の事態である。
特に、導入して2週間ほどでLCD4の片チャンネルが沈黙したのは痛かった。
大人の蜜月というものは往々にして突然終わるものらしい。
投稿時点では、修理完了の目途は知らされていない。
もしかすると、AUDEZEの代理店がコロコロ変わる理由も
こんなところと関連があるのかもしれない。
とにかく僕は途方に暮れた。

それでも幸い、生きているシステムがあった。
それはRe Leaf E1xとHD600/650Golden era Dmaaのトリオである。スピーカーシステムも、メインのヘッドホンシステムもダウンする中、暗闇で光るランプのように彼らは僕のオーディオライフを照らし出した。それは薄暗くはあるが、細部にわたる正確な陰影に満ちた、シンプルに美しい音の世界だった。そういう世界に包まれながら僕は自分のオーディオについて改めて思い巡らした。
来るべきもの、去りゆくもの、そして結局、僕の中に残ったもの。
では、いったい僕はなんのためにオーディオをやるのか?
もう音質のため、などという単純な答で満足するレベルはとっくにクリアしている。
原音再生のためだって?
それはオーディオの本性を何も知らない者の答だ。
とにかく、あの永遠に思えたオーディオの道も半ばを過ぎたのだ。

悪いことばかり続くものじゃない。
そんな僕のもとに、ひとつの知らせが届いた。
ご用達のDelimour Modern audio acoustik(Dmaa)で
新しいHD600/650のモディファイを提供する企画を立てているという話だ。
プロジェクトネームはMeister Klasse(マイスタークラッセ)。
それはホーナーのハーモニカの最高級品の名前でもなく、音楽の名手による公開レッスンを意味するMeister Klasseのことでもない。このネーミングはDmaaが考える最高のヘッドホンチューニングを指すのだろう。(それにしても何故いつもドイツ語?)
なお、この新しいmeisterklasseモデルは2016春のヘッドホン祭りでデモをする予定というが、それまで待ってはいられない。無理を言って聞かせてもらおう。
なにしろ、退屈しているところである。


Exterior and feeling

いつものように市販のHD600、HD650と見かけの差はほぼない。
e0267928_15352320.jpg

ただ今回受け取ったMeister Klasseのベースとなっているヘッドホンは、いわゆるGolden Eraの個体であった。私が所有するDmaaのヘッドホンも、このHD600 Golden Era、HD650 Golden Eraがベースなのだが、以前述べたようにハウジングの材質が現在のモデルと異なる。よく見ると微妙にザラッとした表面の質感である。だから厳密に現在の市販モデル(DmaaではこれをCurrent Model、CMと呼ぶ)と同じ外観ではない。Dmaaで改造を施したヘッドホンに貼られるシールは一見して同じようだったが、よく見ると、右側のハウジング内のドライバー近くに貼られたシールのみ内容が異なっていた。
e0267928_1535569.jpg

メッシュ越しにMODIFIED HD650GE meisterklasseあるいはMODIFIED HD600GE meisterklasseと読める。これは見落としてしまいそうなほど僅かな違いだが重要な違いであろう。つまりHD600 Golden Era(略してGE)、HD650 GEにmeisterklasseのモディファイを施したものという意味なのだから。

改造の中身については、話を聞く限り、大幅に変わったのではない。
要点は二つ。ドライバーユニット背面のネオジウムマグネットの中央開口部を塞いでいるスポンジフィルターの大きさ・形状を変更したのである。これはおそらくユーザー側の費用負担も軽い、小さな変更のようだが、実際は意外に大きな音質の変化がある。
さらに、その取り付けの精度を上げるため、取り付け専用の特別な治具を設計、外部メーカーに特注した。この治具の使用により、従来のDmaaモディファイとは一線を画する、正確なスポンジの位置決めができるようになり、貼られた状態でのスポンジの形状のバラツキが小さくなった。このような品質管理の向上が音に及ぼす影響も無視できまい。

そもそもDmaaが、このmeisterklasseを新たに考案したのは、HD600や650がその生産年代によって材質や形状にばらつきがあるため、音が一定にならないことを憂いてのことだという。
例えば再三述べているHD650 Golden Eraと現行のHD650 Current Model(CM)は元から出音が違うし、それらが従来のDmaaのモデファイを受けても音の差は埋まらない。HD600、HD650ともに数種類のバージョンがあり、Dmaaではそれらの材質・構造と音質の違いを詳細に把握している。今回のmeisterklasseは、ヘッドホンの出音をDmaaが目指す方向へ改変するだけでなく、生産時期による出音の差を最小限に留める改造となる。Dmaaでは、その目的のため、スポンジフィルターの大きさ・形状について、ずっと試行錯誤してきたようだが、その努力がひとつの形になったのである。
確かにGolden Era(GEと略)のHD650GEはもちろん、特にHD600GEはかなり入手困難である。このモディファイを選択できるようになったことは、これらを求めてえられなかったコアなヘッドファニアには朗報かもしれない。

と、ここまではDmaaサイドからの説明から、僕が理解したことである。ここで、もう一つ、僕個人が蛇足するなら、(というか、今回のブログの眼目はここにあるのだが)ゼンハイザーヘッドホンの音質的ゴールの一つと考えられるHD600 GE Dmaa、HD650 GE Dmaaに対して、meisterklasseのモディファイをかけなおすと、その音質は確かに変わるということである。変更内容は小さいのに、音質の変化は決して小さくない。それはHD600GE,HD650GEのポテンシャルの高さゆえだろうか。
逆に言えば、ここでは現行のHD650CMをmeisterklasse化したものが、どこまでHD650 GE Dmaaに近づいたのかについては述べるつもりはない。それがDmaaサイドの主な狙いであるにも関わらす、それについて僕は知らないからだ。そう、これは相変らず片手落ちで自分勝手なレビューなのである。
とはいえ、その音質変化の中身の良し悪しは、僕が手持ちのHD600 GE Dmaa、HD650 GE Dmaa、2台のmeisterklasse化を試聴の当夜に決心したことからも分かるだろう。
今までのDmaaモディファイの音質に十分に満足していたのにもかかわらず、あっけない心変わりなのである。
少なくとも僕にとってはmeisterklasseモディファイは素晴らしいものだった。


The sound 

テストはいつものように JriverをインストールしたWindows10、Orpheus のKhole USBケーブル、Re leaf E1x、XLR3pin×2のDmaa純正Octaviaヘッドホンケーブルという組み合わせである。少し脱線するが、最近、テストしたAurender N10は音質的にかなり優れたトランスポートであり、同ジャンルの機材とは言えないが、類似した役目を担えるFidataやN1Zよりも良い音質的結果をもたらす。お金がある方にはこれが一番勧めやすい機材だ。しかし価格やスペースや電源のことを考えながら音を比較するとJriverをインストールしたWindows10のPCで十分だと僕には思える。それくらい、この力が抜け、親しみやすいJriverの音が好きだ。(なお僕はオーディオファイルとしてはやや変則的にJriverを常用する。この手のUSB経由のセッティングでよく採用されるAudirvanaを日常のリスニングでは使っていない。イベントにMacとE1xを持ち込むときだけだ。あれは音の雰囲気が僕の好みに合わない。)

僕の聞いたHD600/650GE meisterklasseは基本的には従来品と似たところも多い。HD800に近い広いダイナミックレンジ、全帯域にわたるフラットなエネルギーバランス、俊敏なレスポンス、澄んだ音場、中庸な温度感、客観的な立ち位置で音を冷静に観察する立場というのは同じである。ソースに入っている音を大きな網で、まさに一網打尽にするような感じも類似する。
はっきり異なるのは、まず音の鮮度感がさらに向上したということだ。クセの少なさはそのままに、音のアタックがよりストレートに鼓膜に届く。介在物が少なくなった印象なのだ。従来品を使っているかぎり、音を遮るものがあったとは思えないのだが、オーディオではよくあることで、新型を聴いて前モデルの性質を発見することがあるのだ。より生々しくなったとも言えるし、精度が高まったとも言える。
それから、音のアタックは強いが、それがよりキメが細かくなったというところが違う。従来品のように音が弾力のある平面として知覚されるのでなく、適度な柔らかさのある複雑な曲面として意識されるとも言える。特にHD600 GE Dmaaは、そのアタリに微かな苦味のような違和感を感じたことがあった。その部分は自分でも知らず知らずこのヘッドホンを使いこなすための修行としてとらえていたのかもしれない。

チューニングが変わってもGolden Eraのヘッドホンの特徴である、音像に焦点がピタリと合うような、定位の良さは変わらない。この定位の良さからくる音像の迫真性・生々しいインパクトは、今までの強さ一辺倒の少し押しつけがましいものから、より洗練された。楽器や演奏者に近づいて音楽を聞いているような印象は同じだが、その中でもアンビエンスの要素が増えたのである。少しだけ身を引いて音を見る姿勢が加わっている。
このヘッドホンは従来品でもエージングが進めば、時々ヘッドホンの存在が消え失せて、リアルに アーティストにかぶりつくように近づいて生音を直接聞いている錯覚に陥る。しかし、今回の meisterklasseでは音源の周囲への音の広がり、空間を認識する余裕が与えられたように聞こえる。直接音だけでなく、間接音の正確なモニタリングができるようになった。

おそらくこのチューニングは結果的に、HD600/650CMをHD600/650GEに近づけるのではなく、HD600/650GEを現行モデルの音調に近づけることになっているのではないか。簡単に言えばHD600/650CMの出音の特徴であるHD800に類似した音の空間性がHD600/650GEに付加された形になっている。とにかく僕個人はそう感じる。だから従来のHD600/650GE Dmaaの直接音中心の音作りを好む方は無理に meisterklasseにする必要はない。とはいえ、やってみて気に入らなければ戻せる話だ。とりあえず meisterklasseを味見してみる価値は誰にとってもあると言えるだろう。

HD600/650GE meisterklasseを用いた実際のリスニングは、何を聴いても楽しい。
例えば、デビッド ボウイの最新アルバムにして遺作となったBlackstarの中のLazarusという曲をこのHD600 GE meisterklasse(mk)で聞くと、マーク ジュリアナのドラミングの重さが鮮やかに脳裏に焼き付く。
https://www.youtube.com/watch?v=y-JqH1M4Ya8
低域の分解能が高い。細かく解像しており、音の立ち上がりがとても速い。そしてアタックが強い。でも痛くない。今までのHD600 GE Dmaaでは低域を含む全ての帯域で正確かつ立体的な楽音が得られていたが、それはポリゴンのようなやや粗い立体感であったことに気づく。鮮度感やキメの細かさを伴ったより精密で鋭敏な調子をもった立体感はmeisterklasseのチューニングの特徴だろう。

特にHD650GE mkで強く感じることだが、楽音が色濃く、カラフルに聞こえるうえ、音の流れが、滑らかでメロディの横のつながりがよくなった。また定位するいくつかの音源が単純にバラバラに聞こえず、ある程度のつながり、ハーモニクスを持って聞こえるように変わってもいる。以前のHD650 GE Dmaaでは音は単純に分離して聞こえ、それぞれの楽器の出音のみが分かりやすかったが、今回のモディファイでは分離とともに、音源が融合する様も聞き取れる。 meisterklasseは複雑な音の様相を単純化せずに出してくる。
またHD600/650 GE Dmaaでは、音に色を感じず、モノクロームの味わいがあると思っていたが、今回のチューニングで深みのあるカラーが備わったように聞こえるのもうれしい。
なんとなく、レンジが広がったように聞こえる。低域も広域も僅かに伸びているのではないか。ドライバー自体が変わっていないから、気のせいのだろうか。確かにより高く、より深いところまで、今まで耳が届かなかった領域へ踏み込む気配がある。

HD600/650 GE mkでも鋭い音は鋭く、鈍い音は鈍く、曖昧な音は曖昧に聞かせる、その正直な態度は以前と基本的に変わらない。つまり、音源、ヘッドホンアンプ、ヘッドホンケーブルの質を素直に出すことは変わらないと述べたが、むしろその側面は増幅されていると思う瞬間もある。HD600/650 GE Dmaaではヘッドホン自体に音を細かく分離・解像する強い能力を感じたが、今回はそういう能力の誇示はわずかに抑えられ、ヘッドホンアンプ・ケーブルの性能により素直に伝えるような気がする。出しゃばらず、とにかくピュアに音を伝える。ヘッドホンの介在をより小さくし、より黒き黒子に徹そうとしているようだ。確かに分離が異常に高まった音というのも、不自然なのかもしれない。

よくヘッドホンで寝落ちする話を聞くが、HD600 GE mkではそれは難しいかもしれない。HD600 GE Dmaaでもそうだったが、より鮮烈になった出音はリスナーの聴覚を刺激しつづけ、休息を許さない。やはりこれは本来は音楽制作の仕事に使うギアであり、日々のストレスの癒しのお供ではなく、音質マニアのマスターベーションの道具でもない。これは音楽のコアをつかむための純粋なギアである。その真価と進化を感じ取るには、それなりの音量で持続的に音楽を聴ける、強い聴覚器と健全な精神の持ち主でなくてはならない。(僕が適格者かどうかは別として)誰にでもお薦めはしない。従来のHD600/650 Dmaaを聞いて、他のヘッドホンにない良さを感じたなら、ここに進むのもいいだろうという程度だ。

もうずいぶん昔の曲だがSchool food punishmentのAir feel color swimからSky stepを聴く。
https://www.youtube.com/watch?v=MK9IaCuPRjo
内村の鋭く刺すような切ないボーカルが相応のインパクトをもって、鼓膜を襲う。この刺されても痛くない、むしろ快感になる声のシャープネスは今まで聞いたことのないものだ。飾り気のない、音質に対する配慮など微塵感じないこのアルバムの価値がHD600 GE mkの遠慮会釈のないサウンドによりはっきりしてきた。このアレンジ、この音作り、このリズムとメロディにより深く入り込むために、このシステム、HD600 GE mkをフューチャーする豪華なヘッドホンシステムは必要だった。

最近よく聞くアルバムでMetafiveのMaisie’s Avenue、このスタジオライブバージョンを聞いてみよう。https://www.youtube.com/watch?v=xkc5u9r5VF4
前モデルのHD600/650GE Dmaaでは出音に正確さを求めるあまり、抑えられていた間接音、リバーブの広がりと直接音とのクロスオーバが聞き取れる。以前は音がどこか硬かった。それが良さでもあったが。HD650GE mkではその硬さは面で感じられるのではなく、細かな粒子として知覚される。音は混沌としているが、それが本来の姿であり、それを細かい粒子で正確に表現すること目指す。
また同じアルバムの曲でDont MoveのスタジオライブバージョンにおけるLEO今井の異様なボーカルの雰囲気、あの断絶感も否応なく出してくる。オブラートにはくるまない。生々しい音だ。(LEO今井は現代にもこういう面白いミュージシャンがいるんだと安心させてくれる男だ。)
https://www.youtube.com/watch?v=7LBUEYGfisQ

Youtubeでよく再生しているブラッド メルドーとマーク ジュリアナのデュオライブの映像がある。
https://www.youtube.com/watch?v=tn6gjoMUEY4
この一連の演奏でマーク ジュリアナのファンになったのだが、特にHungry Ghostという曲でのメルドーのオルガンとジュリアナのドラムの煽り合いがすさまじい。この少しもスイングしないバトルをHD600 GE mkは激しく描く。これは音のカオスであり、リスナーにとってはその混乱のただ中へ飛び込んでゆくような体験なのだが、どんな大きく、高級なスピーカーで聞くよりも、このヘッドホンシステムで聞く方が胸に響くリスニングになる。過去の演奏をかぶりつきで聞く唯一の方法になりえるヘッドホンリスニングだが、このHD600 GE mkは音源にスピーカーよりも近づけるような気がする。

こうして聞いているHD600 GE mkとHD650 GE mkをどちらが好きかと聞かれると困る。実は以前のモディファイではHD600GE Dmaaの方が650より好きだった。モノクロームないぶし銀のサウンドであり、アナログレコードとも相性が良かった。
一方、今回のチュー二ングでは、音のつながりの自然さでHD650 GE mkは勝るが、音一つ一つの実在感や克明さはHD600 GE mkに軍配を上げたい。曲によって選ぶがいい都しか言えない。片方しか買えないなら迷わずHD650 GE mkをお薦めする。これは誰でも良さを多かれ少なかれ聞き取れる、普通の音という要素が強い。一方のHD600 GE mkは音がまだまだ強い。音像の陰影の掘り下げが深い。それだけにリスナーに経験と音質に対する貪欲さ、センスを求めるところがある。

ところで、最新のHD800Sについて思うところはいろいろあるが、少なくともあのサウンドにはまだHD600 GE mkに感じる深みや陰影がない。それに、手元で聞いていてわかったのだが、なにか間接音の位相が乱れているのか、背景に若干のザワザワした居心地の悪さがある。これなら以前のHD800の方がまとまりとしては良かったのでは?そんなHD800でも空間表現以外でHD600 GE mkが劣るとは思えないのだから、こんなところで800Sを持ち出すまでもないのかもしれない。
つまり、これがあれはHD800Sは要らない。そういう気分になる、僕と似た人が必ずいるはずだ。Dmaaの意図を離れて、プロフェッショナルでないオーディオファイルのヘッドホンとしてHD600/650 Golden Era meisterklasseは進化したのだ。これ以上多くは語るまい。


Summary

僕の散々な日々は続いているが、
聞けないから静かに思い巡らせる時間が増えたし、
その中で過去のメモを振り返ることも多いので、
かえってオーディオについての考えは進んだと思う。

僕は自分のオーディオを根本的に改変したい。
誤解を恐れずに言えば、今より音質を下げて、より音楽の近くに寄り添いたい。桁外れの高音質は、音楽そのものからリスナーを遠ざける場合がある。ハイエンドオーディオで言う高音質やその大げさなスタイルというものは時に格好悪いものだ。その格好というのはビジュアルというか、オーディオ機器の外観の話だけではない。オーディオに対する態度のことだ。
とにかく僕は次の段階へ登ろう。
今なら無邪気な向上心が作り出すリピートを断ち切り、新たな臨界へ登っていけるはずだ。

そのために、最近の黙考の結果としていくつかの機材が既に選ばれている。
だが、これら全てをすぐに手に入れるべきじゃない。
たとえ明日、世界が終わると知っていてもだ。
それらの新たな武器、強力な武器はおいおい到着するさ。
焦らなくていいから、焦らないのではない。
焦らない心でなくては、オーディオは成就しないからだ。

こんなに混沌とした暗闇の中で、すこぶる直観的に音楽に迫れる道具としてHD600/650GE mkを聴き、なんとタイムリーな、と思った。これは音のプロのためにチューンされた堅牢で信頼性の高い、オールマイティな道具である。志が高く、好奇心豊富なヘッドファニアには無視できない代物だろう。堅実な音質・音楽性、そして何より外観や使い勝手をひっくるめたセンスがいい。あえてこのギアを選ぶことの格好の良さがある。また、ドイツ製の名高い道具たちに共通する美学を感じる。Moritz Grossmanの時計のような精密さや、ライカのレンズを操るようなハードな快楽がある。地味だけど途轍もなくハイセンスな、こういうモノを僕はいつも探し求めてきた。
e0267928_15345061.jpg

そして、HD600/650GE mkを僕は発注した。

by pansakuu | 2016-03-21 16:43