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MSB technology Select DACの私的インプレッション:放浪の理由

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希望に満ちて旅行することは、目的地にたどり着くことより良いことである。
スティーヴンソン



Introduction

例えば、
目の前に一機のDACがあるとしよう。
そして、こちら側、
すなわち私の心の中には
「本当に良い音とはどのようなものか?」
という問いがある。

そして、
その問いに対する神聖な答えを求め、私はPLAYボタンを押す。
そりゃもう
今まで様々な場所で様々なモノを試聴してきた。
だから?かどうかは分からないが
完璧に近い答えが返ってきたことは何度かある。
でも完璧と確信できる答えが返ってきたことは一度もなかった。

だが今宵、ついに完璧な答えを得た。
どうして完璧かと分かるか?
今まで、いつかは欲しいと思ってきた機材のほとんどが、
このDACの出す音を聞いた後には、本心から要らないと思えたから。
それら全てがほぼ無価値なものに思えてきたくらい。
多くのデジタルプレーヤー、DACとフォノ、アナログプレーヤーが
Newモデル、ヴィンテージを問わず
私のWANTEDリストから姿を消した。
もうこの音をきいてしまったからには、
これ以外の機材のサウンドは多かれ少なかれ聞くに堪えない部分が出て来そう。

これほど圧倒的な高音質がかつてあったか?
これこそは全ての真摯なオーディオファイルたちが目指してきた最後の晩餐ではないか?


Exterior and feeling

このMSB technology Select DACを眺めて、
まず思うのは一体どこに1400万円近い資力がかかっているのか分からないということ。
自社工場での削り出しという、角に丸みを帯びた薄型の筐体が二つ、直接重なっている。私が試聴したのは黒い筐体のモデルだが、表面の質感はマットブラックというだけで、さしたる高級感もない。フロントパネル全体を占めるディスプレイもノイズを生じないものをチョイスしたそうだが、それは珍しい話ではない。
正直、全然萌えない、冴えない外観。
その法外な値段を聞けば、コレ大丈夫かね、となる。
では中身が違うのか?
中身の写真を見るとモジュール化されているのが特徴だとすぐに分かる。
BurmesterのプリアンプやCH precisionのDACなどと一緒で、オーナーは、その好みにあわせて入出力をチョイスできる。ここで試聴する個体のリアパネルには特製のUSB入力モジュールもあったが、それはあえてパスし、CHPのD1からのネイティブなデジタル入力を選んだ。そちらの方が音が良いとメーカー側が言うのだ。そういえばTHA2でもそうだった。こうするとCDしかかからないので、処理されるデータの規格は16bit, 44.1kHzというレベルに過ぎない。つまりハイレゾでもDSDでもないのだが、音を聞くとそれがにわかには信じられないのである。社長のラリー氏はこのデータで十分だと言っているらしい。確かに十分過ぎるという感想を誰もが持つのではないかと思うほど、ケタ外れに音がいい。では、いったい、中でなにをやっているのだろうか?
内部のDAC本体はブラックボックス化され、回路は直接見ることはできない。噂ではオペアンプもデジタルフィルターも一切使われておらず、特製のラダー型マルチビットDACを16個積んで差動動作させ、見掛け上8個のDACが並んで稼働しているような形にしているとか聞くが・・・・。結局この音の秘密はよく分からない。なお、クロックは流行の外部筐体からの入力ではない。強力なクロックを内蔵する。別筐体にしないのは、おそらく最短距離で結線したいからだろう。そして今宵の機体は例のギャラクシークロックよりもさらに上のグレードのFemto33というクロックを積んでいるという。このクロックはオプションで、130万円ほどするらしい。本体が1200万円オーバーだから、しめて1400万円弱。 もちろん、これはクロックやトランスポートを組み合わせた価格ではない。DAC単体でこの価格とは、どう考えたものだろう。アンプやスピーカーでは、時々ある価格設定であるが、こういう価格の単体DACは初めて聴く。
足は四足で砲弾の先のような形をした尖ったゴムである。筐体をゆするとゆらゆらする。どこか磁気浮上式ボードに載せた時に似た雰囲気である。少し変わっている。
細長いフロントパネルは、ほぼ全面が荒いドットによるディスプレイで占められている。表示は大きくて遠くからでもよく見えるが、白黒で高級感は微塵もない。中央に向けて多少盛り上がった形のトップパネルにはクリックのあるボリュウムがついていて、プリアンプなしでも使えるようになっている。メーカー側は一応プリアンプなしでパワーアンプにダイレクトでつなぐことを推奨しているが、往々にしてこのようなケースでは、優れたプリアンプを繋いだ方が音に幅が出てよい。メーカーの忠告は無視してGrandioso C1につないで聞いた。
それから、ほぼ同じ大きさ・同じデザインの電源部がDAC本体の下にある。そこから左右別に給電されているが、特に驚くようなギミックはない。

総じて1400万円の機材には全く見えない、普通のハイエンドDACの外観である。500万円でも御免こうむりたくなるようなモノである。代金に見合うオーラが出ていない。
試聴を終え、音量を下げてから、静寂に戻ったリスニングルームで、
改めてしげしげとDACを眺めてみたが、こういう見てくれの箱が、あんな音をいきなり出すということに、どうしても納得が行かなかった。

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The sound 

MSB technology Select DACのサウンドはパーフェクトである。
これは今日まで誰も成しえなかった音だろう。
デジタル・アナログオーディオに
明確にあるいは漠然と意識されてきた音質上の問題はほぼ解消した。
逆に言えば、私がVivaldiやDSP-01、CH precision等の人気の高級機材たちに抱いていたぼんやりした不満は、Select DACのサウンドとの比較により明確となった。
それらの機材に対する、Select DACの優位性とは、
主に音源に対する忠実さ・音の正確さと音楽性の両立だろう。
しかも、それは未曽有の高いレベルで、
極めて安定したバランスを保ちながらの両立である。
今までのハイエンドDAC・デジタルプレーヤー、ハイエンドなアナログシステムでも、これらの両立が出来ているものは散見されたが、バランスが少し悪かったり、バランスが良くても二つの要素の達成度がやや低かったりして、私が求める究極の音に到達しなかった。
また、Select DACの実現した、矛盾する二つの要素の均衡は細かい音質評価項目にも反映されている。つまり巨視的にみても微視的に見ても完全な調和を保つ。

言う必要もないが、ダイナミックレンジや聞こえてくる帯域の広さ、各帯域のバランス、音の解像度、残留雑音、過渡特性(トランジェント、立ち上がり・立下りのスピード感)、そしてこれらを常に安定して聞かせる音質的なスタビリティ。少なくとも、これらについては今まで聞いたどのDAC、どのアナログシステムよりも優れているように聞こえる。
そういう表面的な音質評価の項目では、なんの問題もないどころか、文句なしに満点である。このDACについてはリスナーがどのような要素に注目して試聴しても、いささかのクレームも出せないかもしれない。どんなに意地の悪い聞き方をしても、意味がなさそうだ。
また、これらの要素の優秀さが強調される気配がないということも特徴。
そもそも超弩級機的な音調がどこにもない。
そして無理をして出しているように聞こえる音がどこにもない。

聞いていて色々なことに気付く。
例えば様々な楽器や録音状況の違いにより生じる、音触や音色の鳴らし分けが非常に巧みである。楽器の音が重なる、あるいは左手の旋律と右手のリズムが重なる、向こうが透けるような、透けないような重なり具合の妙。Modulationが非常に少なく、各パートの分離が良い。なのにハーモニーの見事さは聞いたことのないほどレベル。分離感の良さが、音が重なった時のブレンド感・ハーモニーのテクスチャーをむしろ生かすという奇跡的な瞬間が連続して聞ける。通常、分離感とハーモニーは普通は両立しないか、してもバランスが悪いものがほとんどだが、このDACでは両者が美しく並び立ち調和している。
そして基音のリアリティの確かさはもちろんだが、倍音成分の質感の漂いにも凄味がある。
その存在感と透明感の両立にも唸らされる。
さらに言えば、音の透明感と音の厚みが調和しているというのも稀有である。このように分離が良く、透明度の高い純粋な音では、どこか身の薄い音になりがちだが、そういうひろひらして頼りない印象は全然ない。みっちりと身が詰まった美味しいサウンドになっている。

ここでは複数の奏者の間でのインタープレイ、タイム感の微かなズレが眼前に聞こえ見える。何を、どう演っているのか、その全部が当たり前のように聞こえて見えてしまう。
これはバーチャルななにかではなく、オーディオという、もう一つの現実の現れである。
また、定位の良さにも打ちのめされる。微動だにしない楽器やパートの位置関係が、ソースを変えても、そしてなんとリスニングポイントを変えても、乱れることなく安定して提示され続ける。DACがこのような音を実現すること自体が信じがたい。
このように極めて高性能な音でありながら、血の通う温度感の程好さや、音楽の流れの滑らかさ、ビートの小気味良さが至極ヒューマンな要素として随所に現れる。機械的な音響美と人間的な暖かさという矛盾しやすいものが、ここでもまた巧く両立する。

そしてMSB technology Select DACの音は良い意味で無味無臭の音、
ソニックシグネチュアーがない音である。
このクラスの機材は必ずと言ってよいほど、なんらかの音の個性を持つ。GOLDMUNDしかり、Boulderしかり、dcs、CHprecisionしかり。それは音の署名のように、ブラインドで聞いても機材のブランドロゴのイメージを連想させてくれる。
しかし、このDACの出音はまるで無私なものに聞こえる。独自のサインを持たないのだ。
多くの超弩級機の試聴で、このソニックシグネチュアーこそが、オーディオにおける毒や魔を演出しているケースを体験したが、このDACにはそれがない。魔も宿さず、毒を含まぬ音。それでいて、これほどの感興の深まりを得る。ありえないことだ。
MSBのDACを聴くのは実に4回目である。そのうち2回は家で聞き、そのうち1回は自分で買って使ったものだ。(無論、このDACより随分安かったが)それらの経験からすると、MSBがこんな音を作れるとは信じられない。予想外。あの時も確かにソニックシグネチュアーがはっきりしなかったが、それはこのメーカーがそういう自分だけの音の香りを作り出せるレベルに達していないのからだろうと誤解していた。

それにしても、この脳髄に痺れを覚えるほどの恐るべき音の浸透力はなんであろう。ひたひたと音がこちらに押し寄せてきてやまない。季節外れの誰もいないビーチに佇んで南風を受けながら海原を眺めているような気がした瞬間もある。足元に寄せては返す波。目の前にひろがる青い空や蒼い海、遠くに臨む峨峨たる山々。音楽は、その風景の中にある風や水、土のように感じられた。ここには自然物特有の圧倒的な器の大きさのようなもの、あるいは存在の安定感のようなものがある。それらが背景の静寂の奥に明らかに知覚できる、真の意味でナチュラルなリスニングである。これは例えばTechDASのAirForce ONEでのレコード再生にて意識されるあのスタビリティ・包容力にも通じるところがあるが、さらに洗練されたものと聞こえる。

そういう壮大な印象を背景に漂わせるのにも関わらず、実際に聞こえるサウンドステージが必ずしも広大なわけでもないのは面白い。単純に壮大なサウンドステージなどというものこそ絵空事だと言わんばかりだ。このDACはソースごとに適切な空間の広げ方を選択するような仕草する。dcsのVivaldiのように何が何でも巨大な空間、圧倒的なエアボリュウムを引き出すような無理な仕事をしない。
常にその音楽に見合ったサイズのサウンドステージが現れ、その中を旋律が気流のように左右あるいは上下、そして前後に溢れて流れる。このような変化に富んだ音場感の設定は他の機材では体験したことがない。

例えばPlayボタンを押した途端にリスニングルームの空気が入れ替わり、録音現場あるいはコンサートホールにワープするという話はよくある。だがこのDACの音はそういうワンパターンで可愛らしいものではない。
過去がまるごと再現されるだけではなく、音楽的に巧くこなれた形で表現される。なにか美味しい響きが足されたようなところが確かにある。ただそれが、生々しい音の感触を決して邪魔しないのが斬新である。単純な美音には決してならない。そこは熟練の技なのだ。耳を澄ますことが、まるで目を凝らすことになる、そういう即物的な変換能力だけでなく、音楽を意識の流れとして感じられるようにする力、抽象的な変換能力をも十分に有する機材である。

私はオーディオにおけるデジタル技術の本質は、過去に封印され聞けなくなった実演を巧妙な数学的・電気的な誤魔化しで生々しく、さもそこに有るように聞かせる詐術の一種と思っている。だが、このサウンドはそういう姑息な技の領域を超えている。音楽が人間の生み出す芸術であるということへの敬意、つまり高度な音楽性が込められた音になっている。
実際、最近のオーディオは高価になればなるほど、この音楽性が低下するか、ともすれば全く欠けるのだが、このDACはそういう流れからは外れている。
謎かけめいた言い方をすればVivaldiやDSP-01に少なくて、MPS-5やNagra HD-DACに比較的多くあるものが、このSelect DACにはかつてなかったほど横溢しているということである。

さらにこの音を聞き進めると具体的なだけでなく、抽象的な発見にも次々と巡り会う。
リズムが実は絶え間なく緊張と弛緩を繰り返すメロディのようなものだと発見する。
そして、メロディが細かなリズムが滑らかに連なったものであることも発見する。
音の強弱の階調は単に細かくあるべきではなく、美しくなければならないとも知る。
事実、この音の濃淡のコントラストや階調感は私が知る中でも最も豊かで美しい。
音楽ってこんなに美しいんだ。当たり前だが忘れていた感動が胸に迫る。

ところで、ヴィンテージの機材を好んで使う人で、最新のデジタル機材の音をあまり評価しない方を散見するが、そういう方にもこのDACをぜひ聞いていただきたい。これは彼らが嫌う、性能ばかりひけらかして、ふくよかさや渋み、コクの足りない音ではない。これは全方向性に優れたサウンドなのである。どこか懐かしさを感じるような温かくしっとりとした気配成分やいぶし銀の鈍い音の輝きすらも盛り込まれている。試聴しなかったがクラシックのモノラル録音の質素な雰囲気や、突如として現れる荒削りな音像の力強さなども、今まで聞いたことの無いような生々しさと美しさで表現してくれるだろう。最新のデジタル機材の音にスイング感を求めるなら、これが最も確実な選択肢だ。実際、私はウェスタンエレクトリックのスピーカーと、このDACと手合せさせてみたいと心底思ったものだ。それくらいの音が出ている。

強いて、このSelect DACの欠点を挙げるとすれば、まず価格だろう。この価格は私にとっては救いのないものであり、そこを考えると、このDACを評価する気にはなれない。音楽をただ聞くためだけに単体1400万円弱のDACというのは・・・・。よほどカネが余っていなくては、これをスラッと買うという暴挙に至らないだろう。
さらに、このサウンドは完璧過ぎて、他のハイエンドオーディオ機材の存在をすっかりと忘れてしまうことも欠点だろうか。
これを買ったら、その人のオーディオは言葉の綾でなく、“とりあえず”でもなく、いわゆる“ガチ”で終局を迎える。オーディオに一生モノはないと思ってきたが、これは唯一の例外。未来にわたっても他の機材では、これほど優れたサウンドを聞けないかもしれない。


Summary

今夜以降、私はしばらく単体のDACに関するレビューを書けないだろう。
設計者の知識と理性と直感の全てが蕩尽されたとしか思えない、
MSB technology Select DACの
孤高にして普遍の音を堪能したのと引き換えに、
少なくともスピーカーから出て来るデジタルサウンドについて、
云々する意味を感じなくなってしまった。
興味を失った。
勝負はついたのだから、もうゴタゴタ語る必要はない。
全ての問題はこのSelect DACが解決するであろう。
同時に、
なぜ自分が20年以上もオーディオをやってきたのかについても、
よく分かったような気がする。
このSelect DACの音に出会うために、はるばるとやって来たらしい。
その意味では続けてきた甲斐はあったが・・・・・・。

万策堂はこのDACの音を二回聞いている。一回目はDACを意識していなかった。実は今年のオーディオショウで聞いていたのである。そのときはルーメンホワイトを鳴らしていたのだが、聴衆のほとんどの関心はこのスピーカーに向いており、私もそうだった。なんと優れた出音だろう、ルーメンホワイトは随分改良されたな、と思っていた。他の方のブログでもこのデモが良かったというコメントがあったが、アンプやスピーカーの良さにその理由を求めているものがほとんどで、重点的にDACについて語っているものは皆無であった。
二回目は個室でゆっくり聞いた。この時はソナスのリリウムを鳴らしたが、実はこんなに良く歌うスピーカーなんだなと感心した。それまでこのスピーカーの出音に価格なりの価値をあまり感じていなかったから。つまりDACの音があまりにも良いのでどんなスピーカーでも鳴らしてしまうのだろう。ここで、ショウのデモの音の良さの多くはスピーカーでもアンプでもなく、このSelect DACの存在によるところが大きかったと分かった。

私は物凄いサウンドを聞いた瞬間、
思わず笑ってしまうことがよくあった。
それは、今まで聞いていた音、あるいは事前に予想していた出音とあまりにも違って優れているので、それに感心したり、あるいはタカをくくったりしていた自分が阿呆らしくなって笑ってしまうらしい。
だが、MSB technology Select DACを聞いている間は笑うことさえ忘れていた。
今まで聞いてきた、数えきれないほどのサウンドたちが走馬灯のように脳裏を駆け抜けていくのだが、どの経験もこれほどの感動を呼び覚ませないことにすら、驚けない。
驚くことさえ忘れていたというところか。
私はしばらく、ただ呆けたように音楽を聞いていた。

これまでもこのDACと大差ないほど高価な機材を沢山聞いて来た。
また、高価でなくとも素晴らしい音を奏でる機材にも数多く出会った。
だが、これほど奇跡的なサウンドを私に聞かせたモノは今日まで一つもなかった。
これから先に開発され、私の耳に入る、
全てのハイエンドオーディオ機材はデジタル・アナログを問わず、
このサウンドを追いかけて疾走することになる。
それは開発者たちが、このサウンドを知る・知らないに関わらず、
私はそれを意識し、比較するから。
私には、自分がこの先聞くシステムに対して必然的に、
このサウンドに追いつき追い越すことを求めることしかできない。
その追跡が甲斐のあるものとなるのを祈るばかり。

こうして生まれた新たな状況は、私を予想外の不安に陥れた。
それは、先々に聞くであろう、
新出の機材の出音に心底から感動できないのではないかという、
随分とおかしな心配だ。
当面はこの不安、危機を乗り越えることが、
私のオーディオのメインテーマとなるのではないか、
そう覚悟している。
長い旅の途中、
ひょんなことから終着駅に突然たどりついてしまった旅人のような心境なのかもしれない。
次に目指す場所がとりあえず思いつかない。
そして、
なにか今までと根本的に違うオーディオのアプローチをとらなければ、
この周辺で堂々巡りを繰り返すだけだということもはっきり見えてきた。
なにか思い切ったことをしなけりゃいけない。

不幸中の幸いといえば、Select DACが圧倒的に高価なこと。
この値段では、おいそれとはリビングに迎え入れることはできまい。
もっとも、こいつが本当に来てしまえば、
私のオーディオは確実に終わってしまいそうだから、それでいいのだが。
出ない方がいい答えもあるということ。
解決せざるをもって解決とする方が良いこともある。

オーディオはやはり旅だ。
動き回らない、感覚と心の一人旅である。
安住の地を見つけ、さすらうことを止めた瞬間に
オーディオが終わってしまうなら
私がこの放浪を止めてしまうことはなさそうだ。
「旅立つ勇気があるなら、
そのための理由はどこにでも転がっているはず。」
80歳を過ぎてから、イギリスの客船に乗り込んで地球を一周した、
男勝りで旅好きの祖母の口癖を思い出した。

私は最果ての地の美しい風景の中に、
旅を終わらせないための動機、
新しい旅へのきっかけを追い求める。
かつてあった重要な出会いと同じく、
この苦くて甘い邂逅も、おそらくは運命。
だが、交わした覚えのない約束を果せと言われても、
そのために、この旅を終わらせるわけにはいかない。
失われた記憶のような心の空白はまだ埋まってはいない。
幸いにも。
今はまだ、それを埋める時ではない。

ここではないどこかへ。
私は白い息の中に、そう呟いて
霧にかすむ音の水平線に向かい、
静かの海を一人漕いでゆこうとしている。
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by pansakuu | 2015-11-05 21:38 | オーディオ機器