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Sennheiser HD 650/600 Golden Eraに捧げるフラグメンツ

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“Born 2 listen.”
by万策堂


その後、特別なHD650 DMaaをもう一機買い足した。

今まで多くのヘッドホンをとっかえひっかえ使ってきたが、同じメーカーの同じモデルを二つ以上、同時に並べて使っていたことはない。そもそも、そんなのは無駄じゃないか?そう考えてきた。
では何故そんな私が二つもHD650を買ったのか?それはSennheiser HD650は2003年から2015年現在まで続いている生産期間の中で、そのハウジングの金型や材質が、耳で聞いて分かる程度に変遷しているのを知ったためである。そう、実はHD650はその12年あまりの経歴の中で、素材や形状の違いがあって出音が何度か変わっていたのである。これを教えてくれたのはDELRIMOUR MODERN audio・acoustikのエンジニアの方である。おそらくこの方は、HD600とHD650については、ゼンハイザーの輸入元で持っている情報を超え、日本で最も詳しく正しい知識を蓄えているのだろう。

そして、ディープなマニアの間ですら、あまり知られていない話であるが、DELRIMOUR MODERN audio・acoustik(以降DMaa)のエンジニアの方がGolden Eraと呼ぶ時代、すなわちHD650のサウンドの黄金時代と呼ぶべき或る期間、その間だけ使われた音の良いハウジングの材質があるということを私は知った。もちろん、これは2014年後半以降の設計変更の話ではない。さらに以前にあった変化の話である。外観のみでは非常に小さな差なので分かりにくいものだ。だが、その時期のものと、それ以外を一対一で見比べると、なんとか分かる。表面の質感が微妙にザラザラしており、その他の時期よりも硬度が若干落ちているらしい。そして音の方は(DMaaで同様にカスタムしたものしか聞いたことはないが)一対一でなくとも、はっきり違うと分かる。簡単に言うと、この時代のHD650をヘッドホンケーブル含めてDMaa化したものは、その他の時代の製品よりも音がハウジングの中で散らない印象で、正確で重みのある音像を、よりはっきりと把握できる。制動の効いた音であり、モニター色が強いのだ。感覚的には、ソースに入っている音を大きな網で、まさに一網打尽にするような感じ、一種の根こそぎ感がある。ここでは一音一音が克明で、音の起伏はまるで行為の後のシーツのヒダのように意味深に感じられる。
別な言い方をするならば、DMaa化しても、その音に元々のHD650の特有のドイツ的な?音像の濃密さを強く残すのが特徴だ。既にDMaa化されているので、高域のモヤモヤしたヌケの悪さこそないが、私に言わせれば普通のHD650 DMaaより若干ノスタルジックな音なのである。DMaaのエンジニアの方は、このGolden Eraの音をオーガニックと表現した。オーガニックなヘッドホンサウンドとは面白い。人の生の声やアコーステイック楽器の生成りの音色を的確に表現するのに向いたヘッドホンということだろうか。そうだとしたら、おおいに頷ける言い回しだと思う。
このゼンハイザーのGolden Eraの詳細について、私はここで多くを語りたくはない。誰が聞いても良い音と思うはずだ、と断言できるヘッドホンはこの世にはない。しかし、E1xで聞く、このヘッドホンのサウンドは、万策堂が今まで聞いたことのないほど素晴らしいものであることは、断言しておきたかった。だから、この都市伝説のように断片的なテキストを編んだのである。
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このGolden Eraの秘密を知ったその日から、私はこの時代のHD650を(実はHD600もだが)シリアルナンバーなどをたよりに探し始めた。該当する機体は万の単位で生産されているはずなので、ないことはないと思っていたが、いざ探してみると確実なものは、なかなか見つからない。やはりそれらは世界中に広く拡散しているし、基本的に中古しかないので、シリアルナンバー自体がわかりにくい。元箱さえあれば大概分かるのだが、元箱がない中古が多いのだ。シリアルナンバーは分解しても調べられるが、買うか買わないか分からないものにそこまでできない。またクローズアップがあってもかなり微妙な質感の違いなのでハウジングの質感で区別しようとしても、よく分からないことが多い。数が多くても見つけやすくはないのだ。だが、海外のサイトを含め、あちこち捜索するうちに、やっと確実にGolden Eraと考えられる個体を見つけた。早速入手してDMaaでカスタムしてもらう。カスタムの作業は、他の時期に生産されたHD650(金型がかなり異なる2014年後半以降の製品を除く)とほぼ同一であるが、上記のごとく出音は違う。既にサンプルのGolden EraのヘッドホンをDMaaから借りて聞いていて、その実力の高さを認識してはいたが、改めて自分の持ち物として聞いて感慨もひとしおであった。明らかに今まで聞いてきたどのヘッドホンとも違った魅力がある。しかもそれは飽きのこない音の魅力なのである。官能的な音ではないのに官能を刺激されるサウンドだ。あくまで孤高を保つことによって、ヘッドホンの価格的なヒエラルキーを破壊する音でもある。
この特別なHD650 DMaaは私の新しい宝物となった。
(2機のHD650 DMaaの写真で、大きなLのレタリングシールがある方がGolden eraの機体である。レタリングシールがないと、外観では区別がつけにくい。なお、ここに出した写真で、これらのヘッドホンに見えるL・Rのサインは、暗い場所ではHD650の左右が分かりにくいので私が勝手に貼り付けたものであり、DMaaの改造とは関係ない。)
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そして、そのHD650 Golden Era DMaa tune(仮にそう名付けよう)が届いたその日と次の日に別々な条件でHiFiman HE1000を聞いたので、図らずも比較試聴になってしまったところがさらに面白かった。
HE1000は日本での売価が40万近いだけのことはあり、さすがに素晴らしいサウンドである。誰が聞いても良い音、と断言できるヘッドホンはこの世にはないと言ったが、これはその理想に近いヘッドホンである。また純正アンプ以外で鳴らすのは初めてであったが、P700uならこれをきちんと音量を取って鳴らせるということが分かったのは上出来だった。ただし、これで潜在能力の全てが発揮されていると考えるのは甘いだろう。もっとアンプとの相性を探らねばならない。そういう思いを抱かせる音だ。実際、このドライブするアンプを厳しく選ぶという点こそHE1000の最大の欠点なのだろうが・・・。
そうは言ってもHE1000は音の空間的な佇まいの自然さや開放感、SN感が圧倒的であり、音楽は妙に立体的かつ躍動的に聞こえる。気配感の描写も秀逸。これらの要素ではSR009をやや上回るように聞こえた。何といっても、このHE1000のリスニングは、その雰囲気全体が気持ちいい。まるで雨上がりの土曜の午前、オープンカーに飛び乗り、郊外のリゾートへ繰り出すような爽快な気分になる。

しかしだ。根本的に違う方向性の音であることを承知のうえでHD650 Golden Era DMaa tune(仮)に比べると、やはりHE1000はハウジングの内外で微妙に音が散って逃げているような感じで、変質し、聞こえにくくなっている音の要素があるような気はする。特に低域だ。重さや弾力が足りない。また自分のアンプと組み合わせたHD650 Golden Era DMaa tune(仮)を聞いた後では、音像全体がHE1000では透明すぎ、薄っぺらいように思えた。こういう音の厚みの無さはアンプの差によるところもあろうが、何にしろ明らかに感じる欠点である。確かにHE1000はありえないほど音ヌケがいい。それは長所だが、欠点にもなりえるということか。音が広すぎる空間に拡散して音像の輪郭を僅かに薄味にしてしまう。克明さが足りず、音の存在感が弱い。高級なワイングラスに、ガラスの厚さが1mm以下に薄く張られたタイプのものがある。そのグラスで飲むワインの口当たりには繊細さはあるが、口を付けただけで割れてしまいそうな脆弱さがある。HE1000の音像の精細な耳当たりは、それに似ている。また音調全体が明るすぎるとも感じる。陰影感の強い古いJAZZの録音などのリスニングに合わない。これらの不満は、ないものねだりというものだろうか。(マニアという奴はないものばかりねだるものだ。)

そんな文句を言いつつもHE1000の音に強く魅了されることについてブレはない。コンシュマー向けのヘッドホンとして、これは総合的には頂点の音質だろう。例えばSE-Master1とは値段の差も、方式の差もあるので比べにくいが、あれよりも総合的に遥か上の世界をHE1000は聞かせてくれる。しかし、それとは全くちがう方向性でHDシリーズのGolden Era DMaa tune(仮)が自分の姿勢を貫いていることにも強い驚きを覚えるのだ。ともすると私の感覚は、この二つの音の間で引き裂かれそうになる。ヘッドホンについて、これほど困惑し狼狽し、そして狂喜した比較試聴はかつてなかったかもしれぬ。
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ついでに言えば2014年後半頃からの最新の、よりシンプルで無駄のない金型で作られたHD650については、出音がHD800にやや近くなっている。音場の広がりが、それ以前のものより強く意識されるサウンドだ。材質は同じだが、ハウジング内部の形状はそれ以前のものと比較するとかなり違う。この最新版のHD650をDMaa化したものこそ、前前回にreviewした個体だが、こちらも依然として使っている。これはHD650 ver2014 DMaa tune(仮)とでも呼ぶのだろうか。(こちらはDMaaでの改造の方法に初期と後期、二つのバージョンがあるようで、私は比較して初期の方を選択した)このヘッドホンの一歩離れて音を見るようなやや俯瞰的な聴かせ方、深い部分で他人と馴染まないような冷静さがありながら、HD800ほど対象から離れすぎないという絶妙なスタンスも私は好きだ。こちらの方がHD650 Golden Era DMaa tuneよりもオールラウンダーと感じる人も居られるかもしれない。合成された電子音に満ちたクラブミュージックなんかもキツくならず、なかなか聞けるし、アニソンもその音質の悪さやアレンジや演奏のあざとさに気を取られず、普通の音楽としてサラッと聞ける。Golden Eraの機体をベースにしたものだと、これらの音楽に対しては意識が音像の内部に入り込み過ぎてむしろ楽しめない。万人向けかどうかは知らないが、DMaaが初めての人でも、一番無難に使えるのは最新のHD650をベースにした方ではないだろうか。
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さらに蛇足する。
先ほどもチラッと書いたが、実はHD600にも上記のようなGolden Eraの機体がある。HD650 Golden Eraと同時期に作られたHD600もハウジングの材質が違うのだ。こちらもDMaaでチューンしたものが手元にある。これはHD650 Golden Era DMaa tuneよりも、さらにしっかりと音像に焦点が合い、定位が凄まじく良い。微動だにしない音像の迫真性・生々しいインパクトはいままで聞いたどのヘッドホンをも上回るだろう。楽器や演奏者にすごく近づいて音楽を聞いているような印象で、音が直で鼓膜に来ている。逆に言えばアンビエンスの要素が少ない。これは強力なモニターサウンドであり、至近距離で生音を聞くイメージだ。このヘッドホンはエージングが進むと、時々ヘッドホンの存在が消え失せて、リアルにアーティストにかぶりつきで生音を聞いている錯覚に陥るほどになる。これは初めての体験であった。しかし、ヘッドホンの出音に、音源から離れて状況を俯瞰する視点、音の広がり、空間性の充実を求める人には向かないだろう。個人的には古い録音、もともと音場の情報が少ないような1950年代~60年代のJAZZやクラシックの録音、ソウルミュージックなんかを、これで聞くのが良いと思っていたが、現代の北欧JAZZやボサノバもこれで聞き始めている自分に気付く。また、これで現代のポップスのライブ録音などを聞くと驚くような発見をすることもある。極めて個人的な感覚だが、このヘッドホンとE1xの組み合わせは楽音を録音された当時の、いわば原初の状態に戻すことのできる唯一の組み合わせだとも言える。ある種のタイムマシンのようなものだ。
このヘッドホンは、名前としてはHD600 Golden Era DMaa tune(仮)ということになるが、このヘッドホンについても、あえて詳細には書かない。これらのヘッドホンについて、これ以上なにか知りたいなら、自分で年代別に中古のヘッドホンを買って分解して調べたりすべきかもしれない。それができないなら、しかるべき筋に問い合わせたりするがいい。これらは、そこまでやる意欲がない人には使う意味がない機材かもしれない。信じない者には信じる必要のないことだ。もし私が勝手に願うとすれば、こういう凄いヘッドホンは、常に心底から良い音を探求し続けて、大概のヘッドホンに飽きたマニアか、音楽製作の仕事をしていて、世界で一番仕事のしやすいヘッドホンを探しているという人だけに使って欲しい。なにせHD600 Golden Eraは中古しかないうえ、やや古いモデルなので、日本では650 Golden Eraよりもさらに見つけにくいものだ。
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このDMaaとRe Leaf にハマりまくる状況がいつまで続くのかは分からないが、ともかく現在の私は、これらの3機のゼンハイザーHDシリーズ・DMaa tuneをRe Leaf E1xにDMaaのリケーブルで結線し、ソースによって、あるいは気分によって使い分けている。(悔しいが私の試したかぎりDMaaのサウンドを十分に堪能したいならばケーブル込みで考えるしかない。)
HD600とHD650だけで、こんなに楽しめてしまうとは・・・・。E1xとの相性の良さも含めて、全くの予想外であった。こんな愉快なヘッドホンライフは今まで知らなかった。
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それにしても、これらのヘッドホンサウンドの持つ三者三様、微妙に異なる音の吸引力はどこから来るのだろうか。ヘッドホンハウジングの材質からリケーブルにまで至るDMaaの絶え間ないゼンハイザー研究の成果からか?それとも元々ゼンハイザーのロングセラーヘッドホンの持つポテンシャルなのか? おそらくその二つの要素のChemistryがこれらのサウンドを生み出したのだろう。
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そもそも、このHD600やHD650というヘッドホンは基本的にとても鳴らしやすい。特にT1やHD800やHE1000、Master1なんかと比べると遥かに鳴らしやすい。そのうえ音がしっかりしている。
毎日聞くヘッドホンというのは、鳴らしきれているかどうか自信の持てない高級で個性的なヘッドホンよりも、安価だが鳴らしやすく、欠点の少ないヘッドホンの方がいい。つまり、私はそういう結論に行き着いたことになる。
もちろん、たまに飲みたくなる清涼飲料水のような、時々ある特定の音楽を聞くために結線する、高級で個性的なヘッドホンもあってもいいとは思うが・・・。
(やはりヘッドホンは面白い。こういう色々と切り替えて聞く行為は、大掛かりなセッテイングの必要なスピーカーではまずできない。)
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そうこうするうち、Sennheiserから、あのOrpheusシステムの後継機と思われる、大理石で出来た管球式ヘッドホンアンプとヘッドホンのセットの発表があった。アンプと一体化したヘッドホンケースの天蓋が自動的に開く様子を、動画でご覧になった方も多いだろう。ブルメスターが回路設計を担当したという噂の、あのモデルはRe Leaf E1やTelos HPAを遥かに超える超高額機となろうが、買える買えないはともかくとして、またもやハイエンドヘッドホンシステムの選択肢が広がったのだ。さらにSTAXの新型の超弩級ヘッドホンアンプの発表が間近というリークもあるし、オーディオテクニカのDACつきの超弩級真空管HPAも欧州で発売になるという話もある。(テクニカのモノは現地価格で換算すると80万円クラスのアンプである)これらも買う買わないはともかくとして、エキサイティングな展開だ。
これらはまるでHE1000やFostex HP-V8の発表とシンクロしているようだが、偶然か?
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ところで、私はヘッドホンにハマる遥か以前から、ハイエンドオーディオの正統としてのスピーカーオーディオの世界にドップリと漬かって楽しんできた。しかしながら、ここ数年は作りや値段が凄いなと思うスピーカーはそこそこある反面、音そのものやコンセプト自体が心底新しいと思えるニューモデルは極端に少なくなってきたと思っている。その反動か、ヴィンテージのタンノイやJBLのスピーカーやモノラルのWEのホーンスピーカーに関心があるほどだ。はっきり言えば、スピーカーオーディオにはもう全く新しい試みを見出すことはできないのではないか?と疑うほど、今のハイエンドスピーカーに絶望している。

もちろん、私は今でもスピーカーは好きである。実際、昼間はよく聞いている。だがもはや、少なくとも大型・中型スピーカーについては様々な意味で不便で、能がないなと聞きながら思う。取り柄は少しばかり音が良いだけであり、他は現代の都市生活という視点から見れば、欠点だらけで、時代遅れであるとしか言いようがない。振り返れば、ハイエンド市場にはあまりに大きく重く、あまりに高価なスピーカーたちが未だ跋扈している。
もっと小さくて便利・安価だが、同じくらい音の良いものを作るのがテクノロジーというものではないか?そういうテクノロジーが向いている方向のひとつがイヤホン・ヘッドホンなのだろう。

なんといってもイヤホン・ヘッドホンオーディオの世界は、技術的にまだ伸びしろがかなりある。そして、多くの才能ある開発者と若いイヤホン・ヘッドホン愛好者がこの分野にどんどん集まってきている。なにしろ、イヤホン・ヘッドホンオーディオの世界には、まだ新しいことが起こる余地が技術的だけでなく人的にも残されているうえ、それらの新しいことは、まだ金銭的な意味においてほぼ私の手の届く範囲内で起こってくれるだろうという安心感がある。こうしてイヤホン・ヘッドホンオーディオにもドップリ漬かった私には、もうヘッドホンがスピーカーよりも音が悪いとは思えない。ここ数年はさらなる改良と成熟、バリエーションの豊かさが加わり、Re Leaf E1xやGoldmund Telos HPA、HE1000やDMaaで改良したヘッドホンを聞いていると、スピーカーは無くても困らないなと思う瞬間がある。つまり、この分野だけに専心しても十二分に楽しめるようになってきたのである。

かくして欲求不満の時代は終わりを告げた。
気付いている者は多くないのかもしれないが、
目に見えぬ大輪の華が目の前で花開こうとしている。
新たなハイエンドヘッドホンのカオス、
ハイエンドヘッドホンの新しき「Golden Era」が始まっているのは間違いない。

by pansakuu | 2015-09-20 10:48 | オーディオ機器