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Fostex HP-V8 管球式ヘッドホンアンプの私的インプレッション:300Bはラグナレクの夢を見るか

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電気動物にも生命はある。たとえ、わずかな生命でも
P・K・ディック


Introduction

私は時々、自分の持っている、あるいは今聞いている機材が生きているように感じることがある。
そして「彼」「彼ら」という表現を、私はしばしば無生物であるオーディオ機器を指して使う。
もちろん、機材やパーツは地上の動物のように蠢いたりすることはない。
植物のように静かに、だが確かに息づいているのみだ。
筐体の闇の中で密やかに光ったり発熱したりする、
金属や樹脂やガラス、その他諸々の無機質で出来た生命体の
言葉にならない問わず語りを私は出音から感じ取る。

オーディオデバイスの中で、出音に生命感を与える力が最も強いパーツ、それは真空管であろう。トランジスタが生まれる前から、多くのオーディオファイルの官能を揺さぶってきた、あの巨大なプランクトンのようなデバイス、その王として君臨し続ける300Bという直熱三極管が一本、私の手の中にある。これは学生の頃に芦屋の親戚の家で見つけたものだ。今日はこれを出力管に使用した素晴らしいヘッドホンアンプの試作品、とはいっても量産品にかなり近いという個体を試聴してきた。今回はそのFostex HP-V8というアンプに関するインプレッションをざっと書き留めておきたい。


Exterior and feeling

このヘッドホンアンプをなんの情報もなしに眺めたオーディオファイルの100人中99人までが、この機材はスピーカーをドライブするインテグレーテッドアンプか、パワーアンプに違いないと思うのではないか。それほど大きな存在感、いや威圧感さえある筐体である。
幅43cm、奥行は42cmほど、高さは23cmで、重さは30kgを超える。これは世界的に見てもヘッドホン専用機としては最大クラスである。ここまで来ると黒い武骨な筐体がとてもゴージャスのものに映る。ハイエンドオーディオを買うという行為は、多かれ少なかれ、なんらかの”夢”を買うという欲望を満たす側面があるものだが、このアンプはそういう側面をおおいに満たしてくれそうな気がしてならない。とはいえ、筐体もここまで来ると置き場所が大問題となる。音以外で難儀な部分はなきにしもあらずだ。しかしこのアンプの音の心地よさに気付いたヘッドフォニアは後先を考えず、このアンプをつい買い込んでしまう可能性がある。(私などは特に危ない。)
ついでに言えば出力値と消費電力の落差もかなりゴージャスだ。10オームで2wほどの出力にして、消費電力は190wにもなる。現代のアンプ、しかもヘッドホンアンプとしては、なんとも漢気(おとこぎ)溢れる仕様である。

マットブラックの無骨な筐体の正面にはガラス窓が大きく開いていて、出力管である2本の300Bがまず見える。そして真空管への供給電力を生成するB電源のリップル(電圧の高低差)によるノイズを抑制するための新回路、Stabilized Tube Contorolled power cirkitのドライバーであるKT88が2本、さらに見える。つまりKT88は出力管ではなく電源のドライバーとして裏方に回っている。このKT88の使い方は、音以前にまず意外性があって面白い。さらに増幅初段に使っている6DJ8という小さな真空管も2本見えている。これら計6本のオール三極管・セルフバイアス式真空管アンプがHP-V8なのである。日本で選別された、これらのロシアあるいはチェコ製の三極管たちはフルドライブでの発熱も筐体が触れられなくなるようなこともなく、密やかに鈍く輝く。窓は大きく開いて、球は良く見えるものの、HovlandやNAGRAのアンプほどの華やかなアピールはしない。だが、そこに球があり、深海の無脊椎動物のように光を放っていることに、いつも私の意識は向いていた。

窓の下にあるパネルにはプッシュ式の電源スイッチ、バランス4pinと6.3mmの標準ジャックから成るヘッドホン(出力セレクターでどちらか一方をセレクト)、インピーダンス/ゲイン調整ダイアル、赤色デジタル表示で数値が読めるボリュウムノブが並んでいる。
ここにあるバランス4pin端子についてはトランスの巻き線を2つ組にすることで出力を生成しており、通常の4つのアンプで駆動する方式ではない。このユニークな方式は手抜きでもなんでもなく、聴感上で良い結果を生むのみならず、ヘッドホンからの逆起電力をカットするという点でも有利であるという。なお、このアンプに使われる出力トランスは今はなき山水電気の流れをくむ橋本電気製。強力な振動対策とシールドが施された、このヘッドホンアンプのためだけの特注品である。
また特注品といえば、このアンプの回路に使われる高耐圧コンデンサーもそうである。これはこのアンプ独特の高電圧に合わせて日本ケミコンで新しく開発されたものという。
こうして、このアンプの内容を調べていくと、このヘッドホンアンプの開発の過程で様々な日本のパーツメーカーとの綿密なコラボレーションがあったことを知る。300Bというヘッドホンに向かない球を使いつつ、現代的かつリファレンスとしての格を備えたヘッドホンアンプを製品化するために、新旧の日本のテクノロジーを集約することは必須だったのだろう。

インピーダンス/ゲイン調整ダイアルは大きく分けて、ハイインピーダンスとローインピダンスの2ポジションがあり、それぞれがさらにハイゲイン・ローゲインに分かれるので計4ポジションとなる。エンジニアの方はこれで市場のほとんどのヘッドホンに対応可能であると言っていた。これをフロントで、音を聞きながら切り替えて調整できることはとても便利。では果たして、このアンプでHE1000が存分にドライブできるだろうか。ぜひ試してみたいところだ。

ボリュウムは新日本無線のMUSESを採用。ボリュウムの回転フィーリングは少し粘りのあるもので、ジェフローランドのものにかなり近く高級感に溢れる。またボリュウム位置が回転角によってではなく、数値で具体的に表示されるのは私が望むところでもある。

ところで、この表示に関しては、真空管のトラブル発生を常時監視するため、このアンプに組み込まれたマイコンとの関連もある。このマイコンはアクシデント発生時には安全装置として働くと同時に、この部分の赤い表示でエラーが起きたことをリスナーに警告する手筈になっている。もちろん、真空管の寿命についても考慮して設計されており、1日2時間の使用で5年以上は真空管の交換は不要とのこと。こういう音質以外の信頼性や安全性がガレージメーカーの製品などでは行き届きにくいが、このモデルに関しては完璧に近いケアが施されていると見た。

バックパネルにはフルテックの金メッキACインレットとRCA一系統の入力端子、メインスイッチとダイレクトモードスイッチが見える。この中ではダイレクトモードスイッチというのが特に面白い。このスイッチを入れるとアンプ内のボリュウムがバイパスされ、ヘッドホンをドライブする純粋なパワーアンプにHP-V8は変貌する。同時に先ほどのボリュウム横の表示も変化する。
これは既に高級なプリアンプ(例えばボリュウム自慢のAccuphase C3850など)を既に持っているユーザー、あるいはデジタルボリュウム付きのDACを持っているユーザーに向けての機能である。実際にこのモードを聞いてみると、上流にあるプリアンプのキャラクターが程よく加味されるのが分かる。自分の持っているスピーカー用のプリアンプをヘッドホンアンプとして使いたいというヘッドフォニアは少なくないが、その要望に対する実用的な解は今までほとんどなかった。HP-V8のダイレクトモードは、このマイナーな問題に対するささやかな、しかし完璧な回答なのかもしれない。

さらにこのアンプのシャーシもかなり凝っている。表から見てもほとんど目立たない、あるいは見えないが300Bからの振動を抑制する4N銅製のサブシャーシや、銅製のネジが奢られ、チューニングされている。フットは四足でゴムのような素材が使われているが、非常に肉厚な足である。この足の素材も振動を効率的に吸い取る特殊なものという。
真空管は見ての通りシャーシに格納されているが、ファンなどはついていない自然放熱式である。したがって筐体には多数の網目のようなスリットが設けられ、外部からの空気の流れを取り込む。また内部の真空管のメンテナンスあるいは差し替えが難しくないような構造の筐体であることも、よく見れば分かる。このシャーシの設計も元は山水電気に所属していたエンジニアの方が関わっているという。
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このシャーシであればTakatsukiのTA-300BやPSVANEの300B、オリジナルのWestern300B等に比較的簡単に差し替えて愉しむことも可能であろう。言うまでもなく、この行為の結果としての不具合は当然メーカー保証外となる。しかし、私の経験上、この差し替えは慎重にやればトラブルになる危険はさほどない。真空管アンプを手に入れたら差し替えて音質の違いを探る楽しみを放棄する手はない。
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まるでオープンカーのようにトップパネルを取り去らなければならないかもしれないが、私が一番試したいのはElrog ER300Bである。300Bがストレート管であってはならないと誰が決めたのか?そういう無意味なノスタルジアは、いつも私の敵である。

全体として、この機材の風格、存在感、威厳はヘッドホンアンプのそれとは思えないものである。写真でみるよりも本物はとても豪華で堂々とした雰囲気だ。世界中の多種多様なHPAを観察してきたが、これ以上に立派な構えを持つHPAは知らない。そして300Bを使っているヘッドホンアンプはWoo audioなどにもあるが、あれはヘッドホン専用機ではない。この球をあえてヘッドホン専用のアンプに使うことにはやはり大きな意味がある。加えて、日本発の優れたパーツを盛り沢山に使っていること、かつて日本を代表するオーディオメーカーのひとつであった山水電気の影が見え隠れすることなども興味を惹かれる要素である。

The sound 
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このHP-V8のサウンドの素晴らしさは、
途轍もない音の余裕、豊かさ、心地よさ。それに尽きる。
このアンプを聞くと本当にいい音とはなんのかを考え込んでしまうほどだ。
単純に特性を追って、シャープでハイスピードでワイドレンジな音、
全ての帯域にわたる解像度の高さばかりに
我らの耳は行っていたのではないか?
そういう音を出すヘッドホンアンプはいくらでもあるじゃないですか。
こういう別な音の生き方もあるんですよ。
そう語りかけてくるようなサウンドだ。
無論、このアンプの出音は真空管アンプのそれとは思えないほど、十分にノイズは低く、クリアでシャープであるし、当然のようにハイスピードでワイドレンジである。HP-V8は真空管アンプではあるが日本の最新のテクノロジーをふんだんに盛り込み、いささかのノスタルジーもなく開発されているから当然なのだ。だがそんなことは重要ではないと、呟きたくなるサウンドでもある。この気持のいい倍音の柔らかな広がり、全帯域に渡る爽やかな音の伸びは、一般的なヘッドホンサウンドからは遠い境地にリスナーを誘う。このほとんど生理的な聞き味の良さこそが、無理を承知で300Bを出力管にあえて使ったことの果実なのである。

よく聞けば、確かに、チャンネルセパレーションが今一つであるのか、音にもっと広がりと奥行があってもいいかもしれないと思う節はある。確かに各パートが重層する時の前後関係はやや曖昧な場合もある。低域の輪郭もやや甘く流れる。しかしそれは私のHPAと比べた場合であって、このアンプが与えてくれる、私のシステムには全く期待できない音の快感、神がかったような聞き味の良さの前には、それらの瑕疵も全く些細なことにしか思えない。やはりこのサウンドには300Bの面目躍如たるものがある。
(もっとも、このレベルの些細な問題は適切な上流機材と優れた電源ケーブルを投入すれば解決する可能性が高い。Jorma AC LANDA2あたりはこの問題に対する正答の候補である。)

今回の試聴ではヘッドホンアンプとしては、明らかに巨大な筐体に収められた、大きく重いトランスたちが醸し出す音、そのフルボディのワインのようにコクのある音を私は味わうことができた。試聴機であるバランスリケーブルしたTH900のハウジングの深紅が音のイメージと一致する。最初の口当たりは清水のようにスッキリして飲みやすいような気がして意外だが、ひとくち、ふたくちと飲み進むにつれて、じんわりとフルボディのコクの重みが口に残る。HP-V8の音を酒に譬えるなら、そういうワインの滋味だろうか。

とにかく、出音に余裕がある。これほど朗々と鳴るTH900は聞いたことがない。実際に出せる実力の10%くらいしか出さないで、他のアンプがフル回転して出す音を出してしまうとでも言えばいいのか。まあ、これは単純計算では消費電力の1%ほどしか実際に出力しないアンプである。この無駄が、この余裕のある出音につながっているのだろうか。よく分からないのだが、HP-V8で聞くバランスリケーブルしたTH900の音は直近に迫ってくるような感じはなく、いつも常に一歩離れて俯瞰しているような音である。どんなに激しい音の動きがあっても、それを手のひらで眺める釈迦のように落ち着いて聞いていられる場所にリスナーを座らせてくれるようだ。

SNについては大変に優秀である。(測定方法の詳細は分からないものの)通常の300Bを使用する真空管アンプに比べて、ノイズは遥かに低く抑えられているという。そうしなければヘッドホンではノイズが目立ち過ぎるのだとエンジニアの方は言うのだが、HP-V8の醸し出すクリーンな音響空間は300B を使用するアンプのブレークスルーと言ってよいだろう。こんなに静かな真空管アンプはなかなか聞かない。

HP-V8を聞くと、直接音がいかに数多く聞こえても、音楽は必ずしも豊かには聞こえないと知れる。ゆったりと長い滞空時間をもって流れる倍音が、出音を豊かに演出するのだと誰しも発見するはずだ。そのサスティーンが私の脳裏に描く見事な軌跡、その美しさに呆気にとられる。巷ではきっちりと整理整頓され漂白されたようなサウンド、解像感の高い音の輪郭ばかりが我が世を謳歌しているとしても、それは本当の豊かさからは遠いのだとHP-V8は言うのである。

現代風のアダルトなポップスやJAZZの女性ボーカル曲では、清潔な音響空間の中に美しく立ち上がり、優雅に定位する音像が聞こえる。そして流れが良くなったようにさえ聞こえる旋律、滑らかで、艶やかなメロディラインに魅了される。
適切な1曲が終わる頃には、リスナーはこのアンプの歌心の深さを、この女性ボーカルのボディ感と、いかなる歌い回しにも追随する落着きから聞き取ることになる。
クラシックの弦楽四重奏、オケの演奏では、スケール感をさりげなく提示しつつ、演奏のうねり、ダイナミックな盛り上がりを丁寧に描写してみせる。音の温度感はニュトーラルで、音触はシルキーで柔軟である。いつまでも聞いていたくなる、聞き疲れゼロのサウンドである。また弦楽器は一点から放射するような音の広がりが感じられる場合があり、これも興味深かった。また楽器ごとの分離はさほど良くない反面、適切なブレンド感・ハーモニーが良く出て好ましい。

さらにクラシック音楽については、少し古い時代の録音で、そこに含まれる芳醇な香りのようなものが横溢してむせかえるような満腹感が味わえる場合もあった。これはいままでヘッドホンオーディオでは体験できなかった感覚で新鮮に感じた。
またオーケストラの最近の録音では、プロデューサーが狙っていたと思われる、演奏に含まれる熱気のようなものや、臨場感の表現などが存分に出て来るソースもあった。HP-V8はパッと聞くと艶やかさや懐の深さに気を取られるところがある。やはり初聴の始まりのところでは雰囲気重視の懐かしい音なのかと思わせる。しかし、少しでも聴き込めば弦楽器の艶のような部分、流麗さだけでなく、ザラリとした生成りの質感、腰の据わった、太く力強い表現などにも対応して、リアリティも十分にある。これは結局、多様な録音の様態を鳴らし分けられるアンプだとわかる。
 
このアンプは、その出音にキツさは皆無なうえ、ゆったりした感じがあるので、アニソンなどで使われる素早いビートでまくしたてる若い日本女性の声などは苦手かもしれないと当初は思った。しかし実際に聞いてみるとむしろ聞き易くなったうえに、音楽全体が格調高く感じられるようになったので、アニソンも心に沁みる。コレはコレでアリだなと納得した次第。

これは300Bに特有なものだと思うが、音像に厚みや実体感がありながらも、微妙に透き通るような感覚を新しく感じるリスナーもいるかもしれない。濃厚な音像一辺倒でちょっと真空管はクドい、エグい音だと考えている人がいたとしたら、こういうバリエーションもあることを教えてあげたくなる。例えば今年の夏は妙に暑いのだが、それを彷彿とさせるような暑苦しい音をHP-V8は出さない。逆にどこかの古臭い小出力の真空管アンプのようにシナシナした清貧を装うようなアンプでもない。結局このアンプはどの真空管アンプにも似ていない。これは300B を使用しているが、過去の真空管アンプを踏まえて、その上に立とうとする2015年現在進行形のアンプなのである。
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もちろん、HP-V8の出音は上流・下流の機材の質に大きく左右される。下流は当然TH900がベストマッチであろう。異論はない。次に上流について私の忌憚なき意見を言えば、Luxman D-08uや以前レビューしたJRDGのAries DAC、NAGRA HD DAC+MPS、PlaybackのMPD5など、音楽性に溢れた艶のある音を出せるデジタルプレーヤーをあててみたい。上流の機器の奏法がHP-V8の奏法と溶け合うとするなら、そのポイントは音楽性の一致というところだろうから。特に現代のLUXMANの持つラックストーンに近い音楽性がこのアンプのサウンドには秘められている。だから個人的にはD-08uとのペアリングが生み出すサウンドに大きな期待をかけている。無論、アナログレコードシステムとつなぐという手もあるだろう。これも音楽性が強く出やすい送り出しだから、マッチングが悪いわけがない。HP-V8が我が家に来たら真っ先に試すのは、デジタルではなくそっちになることだろう。
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そういえば、こういう美音系のヘッドホンアンプの代表としてEARのHP4が記憶に残るものだ。しかしHP-V8を聞いてしまうと、あのサウンドでさえ簡単にメモリーから消去されてしまう。真空管の良さを前面に押し出しつつ、パラビッチーニ氏の趣向が随所に顔を出すあのEARのサウンドは私の心の奥に仕舞い込まれてしまった。具体的には音色の豊かさや、まったりとして悠々とした音の佇まいにおいて、HP-V8の器の大きさ・深さが勝っている。
最終的な価格は2015年8月現在で不明ながら、メーカー側の説明からすると、70万円と100万円の間におさまるのではないかという感触をもった。これだとEARのアンプよりはやや高価になる可能性があるのだから、上記の結果は当然であろうか。

私は、この圧倒的な聞き味の良さの奥に、はっきりと息づくもの、なにか言い知れない知性をもつ存在を微かに感じる。そうでなければこれほど私の官能が感応することはありえない。やはり300Bは生きていて、音楽の美しい夢を見ているのではないか。そう万策堂は夢想する。そして、このアンプにおいてはその夢はヘッドホンに関するイメージであって欲しい。300B生来の音の良さをヘッドホンの世界にこれほど深く持ち込めた例はかつてなかったのだから。このくだりは、あくまで取るに足らない、センチメンタルなファンタジーに過ぎない。だが300Bがヘッドホンの夢を歴史上初めて見ているのだと私は信じたくなる。この音をTH900で聞いているとね。

繰り返そう。このアンプのサウンドはまさにどこかが生きている音であり、今のヘッドホンサウンドを席巻する音質傾向、音の有機性や音楽性を捨てて、時間軸の整合性をはじめとする特性をどこまでも追いかける傾向へのアンチテーゼのようにも聞ける。この方向性にそろそろ飽き始めていた者、年老いて、もっと深みと陰影に満ちた訳知りのサウンドを求める者、とにかく真空管アンプで最上級のヘッドホンサウンドを楽しみたいと願う者、それら全ての人々に対する決定的な福音がここにある。


Summary

ハイエンドな密閉型ヘッドホンとして、リファレンスとしての地位を確立したTH900、このギアと組み合わせる理想のヘッドホンアンプとして、HP-V8は、HPAとしてはありえないほどの圧倒的な物量を投入し完成しつつある。
思えば2012年のTH900の登場以来、三年ほどの間、我々は待ち続けてきたのだった。
これでもない、あれでもない。
どれを聞いても決定版と言えるほどのTH900とのマッチングの良さは聞こえて来なかった。
そして、この素晴らしくゴージャスで、武骨、そしてエレガントなアンプの登場により、Fostexの考えるヘッドホンサウンドの頂点がやっと見えてきた。

他方で、私はHP-V8を聞き、オーディオデバイスの中で、音楽に生命感を与える力が最も強いモノ、それは真空管であると改めて確信した。
それはトランジスタが生まれる前から、多くのオーディオファイルの官能を揺さぶってきた、偉大なデバイスである。
時代が変わり続けても、求められるそのサウンドと透き通るその姿が、深化するハイエンドヘッドホンの世界に与える影響を今はまだ予想できない。しかし、このアンプの登場はハイエンドヘッドホンアンプの選択肢の幅を大きく広げることだけは確かだ。また若いヘッドフォニアを、真空管の奥深い森へ誘い込む効果もあるかもしれない。真空管の王と言われる300Bという直熱三極管を前面に押し出したHP-V8の放つインパクト、その生き生きした音の衝撃の広がりを我々はこれから先、目にし耳にもすることだろう。

それにしても、これは偶然だろうか。
Re Leaf E1といい、Telos HPAといい、HE1000といい、AK380といい、ここしばらく、本当に高い志をもったヘッドホン、イヤホン関係の機材の登場が相次いでいる。そこに今回のHP-V8である。
この状況は、ヘッドフォニアである私が夢見てやまなかったハイエンドヘッドホンの新たな時代の始まり、ひいてはスピーカーオーディオの黄昏の到来ではないのか。
私には胸騒ぎがする。

もちろん、この不思議な不安も私の感傷に過ぎないとは思う。
だが、そんな静心(しずごころ)なき私の眼で、うっすら光る300Bを眺めたとき、彼らがスピーカーオーディオのラグナレクの到来を告げるギャラルホルンの叫びを、今まさに夢見ているような気がしたのは事実なのである。

Postscript
その後、9月のTIASの開催に合わせて、価格が決定し、製品版と思しきHP-V8が東京国際フォーラムにきていたので聞いてみた。内部も若干ブラッシュアップされたとのことで、音場はより拡大し、その奥行もより深くなっていた。音質的に、その価格に十分見合うものが出来上がったようだ。また差し替える300Bについては私の希望したELrogの300Bは品質が安定せず、TAKTSUKIのTA-300Bが最もふさわしいという結論に達した。まだ他にも欲しい機材があるので、確定的ではないが、私はこのHP-V8を近いうちに導入する意志を持っていることだけは確かである。

最後に、こぼれ話をひとつだけ。TIASのFostexのブースをうろついていたら、背の高い白人男性がじっとHP-V8を見つめているシーンに遭遇した。その男性の横顔には見覚えがあった。ルーメンホワイト創業者Hartmut Roemer氏である。彼はペンを取り出すと、真っ白い名刺の裏にHP-V8とメモ書きして、再び熱い視線をHP-V8に送ったあと、静かに立ち去った。この人にまで注目されるとは。このアンプはやはり特別なものなのかもしれない。

by pansakuu | 2015-08-09 21:00 | オーディオ機器