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NAGRA HD DAC+MPSの私的レビュー: Another NAGRA


NAGRA HD DAC+MPSの私的レビュー: Another NAGRA_e0267928_1413788.jpg

「こいつ、ホントにルパンか?」
by銭形警部



Introduction

NAGRAは難しい。
私はずっと、そう思ってきた。
NAGRAの音の良さを本当に知ることは、本当に難しいという意味で。
私はNAGRAのプリアンプPLLとパワーアンプVPAのオーナーだったが、
あれらのサウンドというのは、
なにか焦点を絞らせないというか、のらりくらりとしていると言うか、
とにかく価格相応の凄味のようなものが皆無なのだ。
しかし、そういう中にも、なにか特別な、高貴で典雅な雰囲気が常につきまとっていて、
オーバーオールにダメな音とは到底言えないというのが、悩ましかった。
だから、すぐには手放さないのだが、
NAGRAの音の良さがどういうものなのか、
口に出して表現できないもどかしさがストレスだった。

では何故そんなものを買ったのか?
それは単純にそのコンパクトで精緻なルックスに魅せられたからである。
つまり、音を聞かずに買ったのだ。
あの頃は今よりもさらに酔狂だったのだろう。

ふりかえって考えてみると、
NAGRAの音は、あの頃の私には洗練されすぎていた。
今となっては、
“一般的”なNAGRAの音というのは
オーディオという長い巡礼の旅の最終到達地点ですらないと思う。
あれは旅の終わりに、ではなく、旅したことさえ忘れた頃合いに聞くべき音だろう。
次々と機材をとっかえひっかえすることを忘れ、音質を単純に追求することにも飽いて、それら全てを忘れた人、いわばオーディオの情熱を忘れ、それでも音楽を聞きたいと願う、枯れてしまった人に似つかわしいのがNAGRAだと私は思うようになって行った。
NAGRA HD DAC+MPSの私的レビュー: Another NAGRA_e0267928_14504.jpg

私が今まで聞いてきたNAGRAの機材の音、CDCや300i、あるいは、あのオープンリールデッキIV-Sのものも含めて、それらはだいたい似たようなトーンだった。どれもオーディオ・オーディオしていないというか、SN感、解像度の高さ、ワイドレンジ、サウンドステージの広さ等のハイエンドオーディオマニアにとってキャッチーな要素を敢えて抑えたような、控えめで洗練された音を奏でた。こういう音は経験を積むか、リスナーのオーディオセンスと偶然一致するかしないかぎり、単純に良いなどとは言えないものだと思う。また、他のハイエンドメーカーの機材の音と比較すれば、価格の割に、とても中途半端な音に聞こえるはずである。だが、聴き込むと、中途半端などという言葉は全く当たらない、言わば、フワッとした完璧さを感じる音質だと分かる。またオープンリールデッキで特に顕著だったが、生成りの音、生々しさが感じられるものであることも印象深い。しかし、PLLやVPAで感じた、その特有の分かりにくさはまるで、柔らかな棘のように心象に残っていた。

私は今回、某所にてコンシュマー用のNAGRAの最新作、NAGRA HD DACを汎用電源であるNAGRA MPSとともに試聴する機会を得た。

その音は上記の“一般的”なNAGRAの音とは異なる積極的なサウンドであり、音楽性にも溢れたものだった。私は非常に驚き、この機材を是非にも手元に置きたいと考えるようになった。PLLとVPAの時と異なり、音を聞いて買いたくなったのだ。


Exterior and feeling
NAGRA HD DAC+MPSの私的レビュー: Another NAGRA_e0267928_146022.jpg

NAGRAらしさに溢れている。
試しにフロントパネルのスイッチ類に触れてみたまえ。
ボリュウムの僅かに粘るような滑らかな感触、パチリと来るスイッチのクリック感と操作音、新しいメーターの指針がチラチラと揺れる様、僅かに青みのある、艶消しアルミの質感等々。それらはNAGRAのロゴよりも、このDACがNAGRA製であることを主張する。アキュレートでありながらキュートな、この特別なDACを眺めていると、NAGRAという固有名詞しか思いつかない。

フロントパネルでは中央部のNAGRAでは見慣れない液晶の小さな窓と、隣のダイヤルが目を惹く。これはデジタル入力の選択や、各種セッテングを行うための部分である。この部分の設定機能はかなり多彩であり、言語設定(日本語非対応)、入力名称の設定、1.3v、2.0vの二段階のラインレベルの出力の切り替え、ラインレベルの固定出力モードと可変出力モード(すなわちDACプリとして使用可だが、それはオマケ程度の実力なのでお薦めしない)の切り替えができる。さらにマニアックな機能として、絶対位相の切り替え、USBを使用しない場合のUSB回路のスリープの選択(USB回路は多くの電力を消費するため)、HD DAC自体のトータルの稼働時間表示、今、入っている真空管のトータルの使用時間の表示まで見ることができる。この表示を順繰りに見てゆくと内部温度の表示も見つかるのだが、このDACも、MPSもドライブ中は50度位に熱くなる。

筐体全体を俯瞰すると、例によってコンパクトなDACである。この価格帯では最小である。MPSをスタックして置いても断然小さい。私は、このコンパクトネスにいつも憧れる。NAGRAはコンシュマー機材の大きさをできるだけ揃えようとする傾向があり、NAGRAのプレーヤー、プリアンプ、フォノイコライザーに関してはほぼ同じ大きさである。HD DACはフロントの寸法は、それらと同じなれど、これらよりも奥行のみが少し長い。この余分な長さはNAGRAが社外に開発を依頼したDA変換モジュールが入っているため生じたものである。つまり、Playback designs MPS-5を設計したアンドレアス コッチが作ったDA変換ユニットが封入された金色のモジュール、これが内部に入っている分だけ、長いのである。なお、この箱の中でDSDはネイティブでアナログ変換されるようだが、その他の技術的な詳細は不明である。もちろんスペシャルメイドらしいUSBレシーバーの詳細な技術内容も明かされていない。

取り扱うデジタルファイルについて、USBを介した再生ではPCMでは384kHz/24bit、DSDでは5.6MHzのデータ、Double rate DSD、DXDまで使うことができるとされている。実際の試聴では、KORGのアプリである、Audio gateで、少なくとも192kHzのPCMデータ、DSD 5.6MHzともに問題なく聞けた。なおMacでのUSB接続では特別なドライバーは要らないが、Windows PCとの接続では、ASIOドライバーをインストールする必要がある。これはUSBメモリの形で付属してくる。
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このDACの内部にはフランスのSCR社製のカスタムメイドの黒い大型コンデンサ(蜜蝋を使って作るスペシャルパーツらしい)やシールドされた大型コイルがぎっしりと詰まっている。ふりかえって考えるとNAGRAの機材でこれほど多くのコンデンサが入っていたものはないし、ましてや他社のDACでこれほど大きなコンデンサがぎっしり詰め込まれた例も記憶に無い。こんなに大きなコイルが入ってたのも見たこと無いような。このDACのシングルエンドのアナログ出力回路はよほど変わったものなのだろうか。あの音の違いはどこから来るのか。
また、内部には出力の増幅段にJAN5963一本だけ(申し訳程度に)使用されているのが目をひく。一応、管球式DACというジャンルの機材なので、日本語でのファーストレビューは管球王国に載ったほどだが、これは管球らしくない音だ。それに大体、左右チャンネルがあるのに、球が一個だけってどうよ。なるほど双極管か。
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リアパネルには、今回使うUSB入力以外に、RCA同軸・AES/EBU・TOS光のデジタル入力があり、RCA、XLR出力が見える。
このリアの入力を眺めて思うのは、流行の(?)外部クロック入力がないということ。
外からのクロックをあえて拒む、その意気や良し。高性能なクロックの生み出す、怖いくらいに精密な疑似空間の素晴らしさは認めるが、オーディオはそれだけじゃ足りないと思うクチなのだ、私は。あれは静的な美点であって、音楽はあくまで動的なものだから、そういう入力がなくても寂しくない。

また、珍しいのはリアに、アナログ回路用とデジタル回路用の別々の電源入力端子が分かれてあるところだ。オプションのMPSを使わない場合は、これらそれぞれにアルミ筐体を持つ立派な電源アダプターを接続しなくてはならず、結局二本の電源ケーブルが必要になる。逆にMPSを使うと、MPSから二本のケーブルが出てデジタル回路、アナログ回路に供給されるため、電源ケーブルは一本で済む。音質としてはこのMPSを用いる方が断然、素晴らしい。これはもともとペアで購入すべきだろう。
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詳しく言うと、試聴に使ったMPSは、バッテリー電源と通常のトランスによる電源をパラレルに使用できるタイプであった。例えばこれをHD DACと組ませると、1つのDACの中でデジタル回路にのみトランスによる電源を使い、アナログ出力回路にのみバッテリー電源を使うなどの離れ業ができる。実際につなぎ変えてやってみると、今回のスピーカーを使った試聴ではDACのデジタル回路、アナログ出力回路ともにトランスの電源を供給したほうが、力強い音という意味で好印象だった。(バッテリーによるドライブについては次回のインプレで述べよう。)

もちろん、MPSも他のNAGRA製品と全く同じ精緻な仕上げ、操作感である。ただの電源でありながら、造りにいい加減さが一切ない。MPSについて格好いいなと思ったのは、電源を入れると、内部に4つある電源ひとつひとつに割り振られたLEDが順繰りに点灯してゆくところ。小さな機械が一生懸命働いている様に見えて、健気(けなげ)だ。LEDやメーターの動きといい、スイッチの感触といい、こういうギミックの面白さはオーディオの愉しみの一部だと思う。

なおHD DACもMPSもリモコンで、入力や出力をセレクトできたり、ボリュウムを変えたりできる。だが、このリモコンはNAGRAの純正ではなく、他社製の流用品であまりカッコ良くない。必要もないので、私は今回はこれには手を触れなかった。


The sound 

機材の外観から来る予想に反して、
今回のHD DAC+MPSはNAGRAらしくない音を出す。
その音の素晴らしさは、他のNAGRAの機材の音よりも分かり易いものだ。いや、ハッキリ言ってしまおう。“一般的”なNAGRAの音より、私にとっては、ずっと良い音だ。そして、これは今まで聞いたNAGRAの機材の中で突出して優れた音であるのみならず、MPS-5やCH Precision(以後CHPと略)D1 mono, C1+X1、dcs Vivaldi、Logifull LDac1000を含めて、今まで聞いた全てのデジタルプレイヤーの中で、最も私の好みの音だ。

私は、このHD DACのサウンドをMPS込みで評価している。私にとって、HD DACはMPSを接続して初めて完結した音が出る。まるでCHP C1+X1のようなものである。
(NAGRAのCDCやJAZZに、このMPSを接続して聞いた時は、これほどの効果はなかったので意外だった。)
また、内部のアナログ出力回路は基本的にシングルエンド設計とのことだが、実際使ってみると、バランス出力の方が音が良かったので、そちらで聞いている。
(現時点で、いくつかの雑誌のレビュー記事が既にあるが、どれもMPSを使っていない試聴の結果である可能性がある。またRCAシングルエンド出力で聞いている可能性もある。)

今回の試聴ではKORG Audio gateをインストールしたWindows PCに楽曲データの入ったSSDを外付け、一般的なUSBケーブルでHD DACと接続しDSD、PCMハイレゾデータ等を聞いている。PCはASIOドライバーをインストールしたのみで、特別なことはなにもしていないパソコン、Windows7が入ったEpsonのノートパソコンであり、全くプアな環境だ。USB接続は全てUSB2.0である。

既に述べたが、HD DAC+MPSはコンパクトである。同じく二筐体となるCHP C1+X1と比べよ。しかしこのペアの聞かせる音のスケール感はとても大きい。CHP C1+X1のそれと遜色ない。このギャップにまず驚いた。
音場の左右、高さ方向への広がりを感じるサウンドである。音楽にもよるのだが、見渡す限りの音の水平線が目の前に現れた時が何度かあった。
今回の試聴は3人で行ったが、この音のスケール感については、この小さなリスニングルームでは、サウンドステージの左右端が部屋の外へ、はみ出してしまっているようだというのが、全員の一致した意見だった。

これくらいの広がりのあるサウンドステージの場合、現代ハイエンドオーディオでは、音が空間に微粒子状にスプレーされるような出方をしがちだが、HD DACでは、そこが違う。そういうホログラフィックな音の出方ではなく、広めの音場に濃密な音像が確固とした像を結ぶ。そして昔のWadiaやSTUDERのCDプレーヤーのように音が生々しく立ち上がって前にガッと出てくる。ここには最近聞いた、TADのD1000のような音の輪郭のデジタルっぽいキツさはない。だが、一部の非力なDACで聞かれる、周りの空気に微妙に溶け込むようなあいまいさも全くない。非常に細心な描写であって、音像のディテールがつぶさに聞こえる。だが、音が細かくなりすぎて実体感を失うことはない。私は、この絶妙な音のリアリティに痺れた。
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ここで再び驚かされるのは人の声である。アッと思ったのが、グレゴリーポーターの歌を聞いた時。彼のWaterというアルバムの冒頭曲Illusionで、ピアノのイントロを受けた歌い出しのところで、グイッと声が立ち上がる瞬間の柔らかなインパクトが、なんとも心地よい。こんな鼓膜の快感は初めてであった。また、4曲目でスカイラークというスタンダードナンバーを歌うのだが、そこでの歌い回しのスムーズさにも感じ入った。これはMPS-5で時々聞いて、いいアルバムだなと思っていたし、その次のLiquid SpiritというアルバムはLPでのヘヴィローテーションである。彼の声をMPS-5で聞くのも良かったが、LPではもっと深いコクと、さらなる立ち上がりの良さを感じていた。だが今回のHD DAC+MPSの試聴はアナログに匹敵、あるいは超えるような見事な声の描写を私に聞かせた。誰かが、こりゃアナログライクな音だねと言ったが、そうかもしれない。コッチのMPS-5にも同様のインプレッションを述べた方がいたのを思い出す。このDACの心臓部は同じ人の作ったものだから、さもありなん。

高域は滑らかで耳を刺さない。限界まで伸び切るが、虚空に拡散し、いつの間にか消えたりはしない。消え際、空間に綺麗な残響がクッキリと流れ、次の音へとつながってゆく。中域にはほのかな熱があり、カラフルかつビビッドに鳴る。中低域は音楽的なノリのよさがあり、曲想に合わせて躍動する。このような温度感、音楽的活力をPCオーディオと呼ばれるもので体験したことがない。低域そのものに関しては、解像度などは、かのCHP C1+X1には劣るが、十分に締まりが良い。MPSによる強力なドライブ力はシステム全体を突き上げ、スピーカーを躍らせるのには十分であるようだ。帯域バランスは、中低域が厚く、やや突出して感じられるものの、全体としてはほぼフラットに近いものだと思う。音の質感については変幻自在としか表現できない。剛直だったり柔和だったり、しっとりしたり、ドライだったり。こういう質感と決め難い。
また、一本筋金が通った芯のある音でもあるが、CHPの機材の音のように強固な音の骨格を感じさせるせいで、音がどこか沈んで硬く重たくなることがない。むしろMPS-5のような、しなやかな音の軽みがある。

SN比というものは、それが高ければ高いほど伝送における雑音の影響が小さいということになるが、HD DAC+MPSの音はまさに滅法SN比が高い印象である。MPS内蔵のバッテリー電源を使わなくてもプレイバックのMPS-5よりも高いように聞こえる。音像の周りの空気は澄みきって、すがすがしく、濃厚な音調を誇る送り出しにありがちな見通しの悪さがない。ここらへんがSTUDERやWadiaのプレーヤーと異なるところであろう。

巷ではPCMとDSDのデータの出音の違いが様々に言われている。CDから普通にリッピングしたデータとハイレゾデータに差があるとか、ないとかも喧しい。一方、HD DAC+MPSでは、幸か不幸か、そういうデータのフォーマット形式とか、数値上で期待される情報量の差とかを、実際あまり感じない。つまりPCMもDSDのごとく生々しく聞こえ、48kHz 16bitの音質がハイレゾに劣るという感覚は極小となる。これはどうしてなのか、理由をはっきり説明しにくい。結局、それぞれの音楽に与えられた音楽性が最大限発揮された結果として、そういうデータの技術的な差異が小さく感じられるのか。HD DAC+MPSの試聴は音質という末梢の出来事に耳が向くというよりも、音楽それ自体の曲想や本質的な意図に思いが向いてゆくリスニングになる。
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このDACでアニソンをかけてみると、聞いたことのないほどシッカリした調子で曲が鳴る。テスト用に使っているChouChoのStarlogが初めて、私の失笑を買うことなくシリアスに奏でられた。今までアニソンの音質には透明感、クリアネスを追求するあまり、声に高い山の空気のような希薄さと冷たさが際立ち、人工的な風合いに感じられて不満だった。また、アイドルソング的な甘い音調にも強い違和感を感じていた。しかし、このDACでは、アニソンの歌声が人工的、仮想的なものには聞こえなかった。本物の人肌のような温かさのある、街の何気ない空気のように、ナチュラルかつカジュアルに響いて素晴らしかった。この普通さがいい。現代のアニソンにありがちな、ストレートに意図を伝えない、まわりくどい歌詞にも、妙に電気的な伴奏の打ち込みの音のエッジにも、立派な存在理由がある。そう私は信じたくなった。このDACがあれば、真面目に聞けるアニソンが増えそうな予感がある。
自分が捨ててきた多くの新しい音楽に、もう一度、光をあてることができる可能性を私は感じた。

こうして他のDACと比較しつつHD DACを聞いている。
思い巡らすことは少なくない。

例えば、私の中ではDSの時代は終わったということ。DSは発売以来、もう6年以上、変化の激しいデジタルオーディオの世界で堅塁を保ってきた。それはDS以外には出来ない芸当であったことは認める。そういう意味で、やはりDSは凄い。だが、持ち込まれたKLIMAX DS/KとHD DAC+MPSを一対一で比較すると、もう出音の差は歴然である。DSの音は、比較としては、もう腰の引けた薄い音としか言い様がなかった。HD DACはDSと同等以上の音質でありながら、音の素性として、もっと求心力のあるものである。音がグッと立ちあがり、直進し、躍動する。もうDSは根本的に音をリニューアルするべきだろう。6年もの間ご苦労様であった。デジタル機材に一生モノなし、というわけだ。

今のところ、KLIMAX DS/KとLumin A1、Weiss MAN301、DSP-03で音質を比較すれば、それぞれ確かに差はあるが、ハイクオリティなクロックを入れたりして強化しないかぎり、積極的に買い替えを考えるほどの大差はないと私は思っている。もし買い替えを考えるとしたら、例えばDSP-03が音質のわりに圧倒的に安いなど、音質以外の部分に理由を求めるだろう。しかし、HD DAC+MPSは、これらのDACの外部クロックなしの出音なら、明らかに凌駕しているように聞こえる。もうあそこらへんのDACたちも遅れ始めているのかもしれないと思うほどだ。これでは買い替えを意識すると言ったDSP-03オーナーもいた。また、個人的にはクロックを入れようが、入れまいが、HD DACの音の方が好みだ。
少なくとも、このHD DACの如く、もっと強烈に自分の価値観を打ち立てないと、流れの速いこのデジタルオーディオの世界では押し流されてしまうように私は思う。HD DACに比べれば、上に挙げたDACはまだ十分に自分の色を出せてないのかもしれない。

実際の話、
今まで様々なUSB接続によるDACの出音を聞いてきて、私には不満があった。
その出音には、パソコンで操作したり、それを音源としたりするデジタルオーディオ、USBやLANを使うオーディオにほぼ共通する、音の薄さみたいなものが感じられた。常に。
それは良い言い方をすれば透明感と言うべきものなのだが、この音の実在感の薄さこそが、PCオーディオあるいはネットワークオーディオの音質的な問題であると私は思ってきた。こういう実在感が足りないと思うから、あえてSTUDER等の昔のCDプレーヤーを使う意味があると考えていた。だがHD DAC+MPSではUSB接続でもSTUDERのような熱く厚く、色濃い実在感が出る。それでいて音が空間に広がる表現も他のハイエンドDACに劣らない。このサウンドが聞かせる他機との違いは見事なものだ。

また、設計者が共通するプレイバックのMPS-5よりも、今回の音は明らかに良かった。
HD DACは考えようによってはMPS-5の進化形なのかもしれない。音の軽さや動きの速さなど印象は近い部分があるが、さらに躍動的でSNが良くなっている。MPS-5あるいはMPD-5を愛用される方は是非ともHD DAC+MPSを自分のシステムで聞いてみて欲しい。唖然とするに違いない。

Summary

NAGRAは難しいと私は思ってきたが、
外から新しい血を注ぎ込まれたHD DAC+MPSは、
従来のNAGRAの機材からは一皮も二皮もむけた、
主張のはっきりした、音の良さが分かりやすい存在となった。
だがこれはNAGRAのニセ物ではない。
正真正銘のNAGRAである。
そして、私にしてみれば
NAGRA HD DAC+MPSはデジタルオーディオの突破者である。

とかくPC関連のデジタルオーディオは、そのインターフェイスの巧妙さや、動作理論の妥当性、計測値の優秀さにばかり議論が向きがちで、肝腎の音について深い検討がなされない傾向がある。だがそれは、実物からの出音がどれも似たり寄ったりであるせいでもある。このDACのように他とはっきりと区別できる音を出せて、なおかつその音質に説得力があるというものが増えれば、PCオーディオが本当にオーディオらしいものになっていくのではないかと期待できる。音が出る過程を調べた知識を競うのがオーディオではない。他とは違う出音で、聞き手を気持ち良くしてナンボの世界のはずではないか。このDACこそ、私がデジタルオーディオに求めていた音、形、大きさ、そして機能を体現するものなのである。

ところで、
私がNAGRAを聞きたくなるのは、
決まって超弩級のハイエンドオーディオに嫌気がさした時である。
例えばスイスのCHPから、C1をモノラルで使うシステムがアナウンスされていると小耳にはさんだ時なんかがそうである。私は想像した。その二台のC1それぞれに強化電源X1をおごり、さらにクロックを入れる。それらの上流はD1?それにもX1を入れるのだろう。こうして全部で7つの筐体が送り出しだけに使われる。嗚呼、どうしてそんなに大規模にしないと、いい音が出ないの?
NAGRA HD DAC+MPSの私的レビュー: Another NAGRA_e0267928_1405124.png

そういうネオジオングみたいなオーディオは想像するだけで私は嫌になる。そうやれば、聞く前から、音が良くなるに違いないと思えるところが特にイヤだ。だいたい、たかが音楽を聞くのに、そんな重装備が必要か?もっと軽やかなシステム、小さなシステムで、いいオーディオをやることはできないの?そして私はネオジオングに対抗するため、ネオビグザムを建造するような発想はしたくない。それじゃキリがないじゃないか。もっと軽妙に、もっとコンパクトに、もっと控え目に。そうでありながらも品位は限りなく高くして。そうなるとオーディオはNAGRAに収束する。

オーディオの試聴を重ねていると、いつかもう一度、この音に必ず出会うこと、再会を直観する音に出くわすことがある。そのひとつがこのHD-DACのサウンドであったことは、伏線として書いておいていいと思う。
実際、我々がこのリビングで再会し、生活をともにすることは、この試聴の時に既に決まっていたのかもしれない。

さて、こんな世迷い言を綴るうちに、もう、夜になった。
フロントの小さなトグルスイッチをパチリと切り替え、
私はNAGRA HD DAC+MPSをヘッドホンで聞くことにする。
さあ、もうひとつのShow timeを始めようか。

NAGRA HD DAC+MPSの私的レビュー: Another NAGRA_e0267928_1422715.jpg

by pansakuu | 2014-09-08 14:23 | オーディオ機器