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今夜、サンタモニカで:CH Precision A1のある退屈な夢

今夜、サンタモニカで:CH Precision A1のある退屈な夢_e0267928_14493671.jpg

彼はペントハウスの暗く危なげなエントランスを抜け、
センサーにキーカードをかざした。
ドアが開く。
短い廊下を通ると、誰もいないリビングの明かりがゆっくりと灯る。
いくつかのスポットライトに照らされ
黒革の大きなソファーやら、
デスクの上の読みかけの古文書やら、
その上に立てられた、小さな折り紙の一角獣やら、
無造作に投げ出された、
ドミネーターのようにLEDを光らせてスタンバイした銃器、
部屋の隅の旧いグロトリアン、
壁いっぱいに乱雑に留められたポートレート、
その壁面を背にして佇む2本のB&Wが浮かび上がる。

彼はリスニングルームというやつが嫌いだ。
理想の音響のみを追求した、ああいう部屋は、
たとえ広くとも、心理的に窮屈この上なく、
たとえ音が良くっても、リラックスしかねる。
とっ散らかってはいるが
居心地はいいリビングでソファーに埋もれながら、
画集や本に手をかけつつ、
なんとなく、しかし耳だけは集中して、音楽を聞くのがいいんだ。
CH Precisionのコンパクトで統一感のあるシステムは、
この居間のインテリアに溶け込んでいて妙に心地がよい。

柔らかいソファーに、腰から飛び込むように、どっかりと腰掛け、
つけっぱなしになっているD1のダイヤルを回し、トレーを引き出したら、
マッキントッシュコートのポケットに突っ込んでいたケースからディスクを取り出し、
慎重にすべり込ませる。
掌の中のライターみたいに小さなリモコンのボタンを押す。
読み込みを、しばし待つ間、
ジャケットを眺める。
今夜、サンタモニカで:CH Precision A1のある退屈な夢_e0267928_14493018.jpg

SACDのタイトルはNight Sessionsである。
これはクリス ボッティというトランペッターのディスクだ。
探し屋に頼んだのは、頼んだのを忘れたほど前の話だが、
今夜、やっとポストに入った。
だが、タイミング自体は悪くない。
到着したばかりのA1で試せるからだ。
窓の外を静音ヘリが一機、青い警告光を撒き散らしながら、
一陣の風の如く飛び過ぎてゆく。
カーテンのない窓から差し込んだ、その光は、
この散らかった室内を、一瞬で舐め回し、元に戻した。
その沈黙を待っていたかのように、
クリスの透き通ったトランペットがスッと闇に流れ出た。
今夜、サンタモニカで:CH Precision A1のある退屈な夢_e0267928_14494644.jpg

彼がCHPのD1とC1を導入れたのは、だいたい一年前。
CHPのA1をここに置いてからは、まだ数日。
D1、C1、A1を三台置いて、シンプルだが
飛び切り高品位な音楽再生ができるようになった。
CHPのフルシステムをやっと聞くことができるようになったということである。
SACDが聞けて、筐体は3つ、容積はこの位までのシステムと決めて、
他のアンプとプレーヤーの組み合わせも調べてみたが、
これほどの音を出せそうなシステムは思いつけなんだ。
最もコンパクトに、最もクールな音を出せるシステムであろう。

CH Precision A1は
AB級で8Ωで100W×2のパワーを持つステレオパワーアンプである。
このパワー、数値的には大したことはないが、
瑞西製のアンプは往々にして数値で実際の力を判断できないことが多いので、
気にしなかった。
このアンプは音出ししながらNFB量をフロントパネルで可変調節できること、
リアパネルには最大で2枚までの出力パネルを増設可能であり、
バイアンプ仕様へ変更可能であることが珍しい特徴だ。
ギミック有りのアンプなのである。
単なるピュア指向ではない。
こういう仕掛けが、音に効く・効かないに関わらず、
大抵のアンプには厭きてしまった彼の食指を動かす。
今夜、サンタモニカで:CH Precision A1のある退屈な夢_e0267928_1450479.jpg

A1の内部構造は、中心部に据えられた、
大袈裟と思えるくらいに重厚なトランス一個を中心としているが、
回路自体はデュアルモノラルのようなコンストラクションを取る。
とにかく筐体の大きさのわりに42kgと、
かなり重量のあるアンプである。
この巨大なトロイダルトランスの重さによるのだろう。
ヒートシンクはあるのだが、それは筐体に内蔵され外から見えない。
筐体の側板に細いスリットが控えめに開いているだけで、
あのガンメタルカラーの金属の肌が、ほぼ全体を覆いつくしている。
ただ、底面には吸気口(排気口?)らしき穴がいくつか開いていて、
ある程度以上、ヒートアップするとファンが回るらしい。
内部配線はアルジェントオーディオ製、
コンデンサーはムンドルフと高品位パーツが奢られているのはお決まりで
驚くには値しない。
電源ケーブルはオーガニックオーディオのものが付属するが、
何故、アルジェントの電源ケーブルがつかないのか理解に苦しむ。
このクラスのパワーアンプなら当然そこへ行くべきだろうに。
まあいい。
勿論、彼らの十八番である
メカニカルグランディングは変わらない。
ベルゼルガのパイルバンカーよろしく、
先を尖らせた支柱が四隅を貫き、
その根元はトップパネルの丸い金属板に直結する。
ゴールドムンドでも、このタイプのコンストラクションはあったが
これはそれを踏襲した機構なのだろうか。
昔、ミレニアムの中身を見た事があるが、
あちらの方が、メカにはカネがかかっていたような。
フロントパネルのディスプレイは有機ELであり、
発色が実に鮮やかだ。眺めていると心地よい所有感が湧いてくる。
通常表示されるのは、スポーツカーのスピードメーターを彷彿とさせる曲線だ。
この緩やかに曲げられたバーグラフが伸び縮みし、
その下の数値と合わせて、パワーの伸縮を教えてくれる。
有機ELには寿命があり、そこらへんは気になるところだが、
とりあえず今は気にしない。
操作ボタンは、D1のリモコンについているものと似た、小さなものが5つ、
右端に縦列しており、有機ELのスクリーンを見ながら操作できる。
この動作は、できればリスニングポイントからリモコンでできた方がいいだろう。
せっかく素晴らしい視認性のディスプレイもあることだし。
パワーアンプは低い位置に置かれることが多いので、
表示を見ながらボタンを押す姿勢は苦しく、スマートではないし、
音楽を聞きながらNFB量を変えられるメリットが目減りしてしまう。
まあいい。
C1、D1、A1を3台、スタックして置くのもいいのだが、
プレーヤーは、やはりソファーの傍に置き、手元でディスクの出し入れがしたい。
しかしスピーカーケーブルは短い方がいいから、
MagicoのQ1の傍にA1は置きたい。
そして、それなりにスピーカーとリスニングポイントの距離は取りたい。
そうなると長いアナログインターコネクトが必要だが・・・。
CH Precisionはそういう要求に応えるべく特殊なリンクを用意してくれた。
BNCを端子とし、細くしなやかな日本製のケーブルを線体とする
電流伝送のインターコネクトだ。
これは数十メートルという長い引き回しでも音質劣化はほとんどないという話だ。
dartzeelやPlayback designsといった
瑞西の“お仲間”の間では通用するのかもしれないが、
ここでの基本的な使い方はC1-A1間専用の特別な伝送形式としてだろう。

D1+C1の音がいい、
なんて公言するのはどこかミーハーで恥ずかしいが、
仕方のないところはある。
D1+C1の音は、それだけでもビビッドでカラフル、
そして筋金がピンと通った峻厳な音だが、
A1を加えるとそれらの要素が足し引きなく、
ピュアに、そしてダイレクトにスピーカーに伝わる。
A1というパワーアンプは、このシステムの中では、
まるで、頑丈でブレない回転軸に固定された
精密な歯車のように確実に動作する。
D1+C1のような強力なオーディオ機器は
色々なメーカーの機器を混成したシステムの中では、
個別に威力を発揮するか、
下流の機器の個性を殺して支配するかのどちらかであるが、
CHPの純正システムにおいては、A1と互いに協調し、
高速魚雷艇のエンジンの中で
巧みに噛み合って動作する歯車たちを眺めるようなメカニカルな快感をもたらす。
こうしてA1に代えてみると、
それまでは、いつも一歩引いた表現をしていた800Diamondが、
逆に一歩、こちらに歩み寄るような積極性を見せた。
シスコンとして統一し、全機器の足並みの揃ったところから、
このような音の突進力が生まれるのだろう。
このシステムの音はスピードが速く、
音色のグラデーションは段階というものをまるで感じさせない滑らかさで、
サウンドステージは透徹、
音数自体もこれ以上は増やせないと思うほど、
ディテールを出し切っているようだ。
細部の描写の向上や、透明感の高まりにつれて、
音の濃度の低下やコントラストの脆弱化が現れ、
実体像の保持が危うくなるという、
ありがちな副作用が心配になるような音でもあるが、
今、このリビングに流れる、立体感に満ちたサウンドは、
このシステムが、その陥穽に落ち込んでいない証だ。
A1がステレオパワーであるために、
音場は横に広がらず、
むしろスピーカーの前に集中展開していることが功を奏していることもあろうが、
この骨格の確かさに裏打ちされた立体感は
リジットな筐体の構造や内蔵されるトランスの逞しさによるところが大きいだろう。
それでいて音像一辺倒にならず、
奥行き方向への空間性を豊かに感じさせるところは、
現代最新鋭のパワーアンプらしい側面だ。
このシステムではボリュウムをどんどん上げても、
だんだん下げても音像の崩れなく、
常に揺ぎ無い定位が保たれている。
この価格帯の製品であれば、あたりまえのことかもしれないが、
やはり見事なる振る舞いであり、感心させられる。
このようなシステムでは音量のアップダウンは
音像とリスナーの距離感を自在に変える手段であり、
単純に音を大きく、あるいは小さくするため方法ではないのだと再確認する。
勿論、眼前の800Diamondを、
B&Wのフラッグシップらしく“鳴らしきる”には
それなりの力量と技を要求するが、
こうしてみるとA1には、その二つが十分備わっているように聞こえる。
C1+D1には、もともと低域の表現力がかなりあるので、
A1が、本来持っているドライブ能力を測りがたいのだが、
ただ、A1は力技で800Diamondをねじ伏せながら
縦横にコントロールする、同郷のSoulution710のようなタイプではなく、
最小限の力で効率的かつ確実に、
スピーカーユニットを解放・制動しながら鳴らす、
言わば手綱さばきの巧さで、手懐けるパワーアンプと聞ける。
ステレオパワーとして突出した価格帯にあるアンプであるが、
結局、突き抜けたドライブ力をアピールするようなものではなかった。
これを上回る剛力を持つパワーアンプはいくつかある。
とはいえ、システム内でバックアップに徹するような
奥ゆかしさで魅了するアンプとも随分異なり、
1時間も聞き続ければ、
実直なさりげなさの内に、明らかな凄みを隠していると気づくシーンが
繰り返し巡って来るようになる。
この凄さの本質というのは、力を出すタイミングの正確さであり、
また、出すべきパワーの大きさに過不足が全くないところだろう。
その意味では、本当に無駄のない音なのである。
そう言いながら、この音には、プラスαとして
やはり音楽的な訴求力があると感じた。
A1をプラスして、はじめて生まれる、芸術への探究心のようなものが、
リスナーを演奏の熱いるつぼの中に強引に引き込むような局面がある。
ただ、A1単体で考えると
これ自体、やや硬めな音ではあり、
低域もいつも、すっかり出ている感じではなく、
出すべき時に出してはサッと引くパターンであるせいか、
一聴で、“スゴい”と感じるような音にはなっていないのではないかと思う。
店頭での短時間試聴におけるA1単体のアピール度はそれほど高くないかも。
A1だけについて言うなら
総じて渋い音、渋いアンプだと私は感じる。
やはり、音だけでなく、
このデザインの凝縮度、コンパクトネス、
CHPで揃えた統一感も含めて、
格別の魅力があるものと解釈される。

一応、電流伝送のインターコネクトを試した。
こうすると、より飾り気なく、ストレートな感じの音になるのだが、
通常のXLR接続と比べて、音の肉付けが少し削がれて、
もともと、それほどないゆとり感が、さらに少なくなるような気もする。
また、A1のNFB量を、デフォルトのゼロから
少しづつ増やしながら聞いてみると、
NFBの数値を大きくなる程、音がタイトになり、エコーが減る。
イメージとして音像との距離が近くなり、ダイレクト感が増すような感じだ。
結局、これらの機構を動かせば、音の微調整にはなるが、
大筋ではA1のサウンドに変化は出ないと知る。
とにかく、これを動かすことで、
A1がこのシステムの中で最終的な出音に、どのような貢献があるのかが、
耳で聞いてリアルタイムに分かるような気がして面白かった。

なお、ショップでは2台のA1を用意して試聴してもみた。
通常の左右でアンプを分けるモノラルの他、
個々のアンプはステレオで使い、
高域を一台に低域を残り一台に受け持たせるなどの多様な使い方に対応する。
試聴して分かるのは、
要するに、どういう形で使ったにしろ、明らかに出音にゆとりが増し、
ふくよかで、より聞きやすい音になるということ。
このアンプのスゴさが一台の時よりも分かりやすくなるように思う。
2台のA1を用いれば、音楽の序破急が堂々と、そして軽々と表現され、
一聴して分かるほど、ハイエンドオーディオらしいゴージャスな世界が展開する。
やはり、音質的には明らかに有利な形式である。
引き換えにコンパクトネスやコストパフォーマンスは大幅に後退し、
A1本来のデザインを含めた凝縮感がなくなって旨みが減るような気もするが
この形態の選択は、音質的にアリである。
今夜、サンタモニカで:CH Precision A1のある退屈な夢_e0267928_14491956.jpg

そうこう思い巡らすうちに、眼前の音楽は佳境に入る。
クリスのトランペットが軽く速いフレーズを
リズミカルに吹きこなしてゆく時、
そこに織り込まれたクールな情熱が、
青白い鬼火の如く、
スピーカーの間の闇の中に
ゆらゆら透けて見えるような気がする。
Night Sessionsというタイトルどおり、
大都会の闇の中に、数々の音影が
揺れながら、そして青く、時に赤く光りながら
リズムとメロディーに絡み合うセッションである。
どこか危うくクールな雰囲気のトランペットの芳香が、
SACDが醸す、透き通った音場に解き放たれる刹那、
このアルバムの音楽的核心と
SACDのオーディオ的真髄が分かち難く融合したのを目撃した。

しばしの沈黙の後、
新たなシルバーディスクをD1に滑り込ませる。
お次はリマスターされたThe Blue NileのHATSである。
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上質なサウンドに、上質なジャケットデザインを与えられた稀有な作品である。
隠れた名盤であるが、この素敵な音楽を、あまり世に広めたくない。
この音楽の少数精鋭感を失いたくないから。
ドレクセルのコンソールの上に、ふと目をやると
錆付き、くたびれたアトモスが夜の最深部を指そうとしている。
今夜も、この莫大なロサンゼルス全体で、
幾千、幾万の音楽が同時に聞こえているはずだが、
これほどいい音で鳴っている音楽は数えるほどもないだろうと、
無意味なオーディオの虚栄を彼は思う。
それほどに高慢な彼の頭の中に、眠気はない。
今夜こそ、積み上げたアルバムの山を崩すこととしようか。

さてと。
改めて、そのCDの紙ジャケを手にとって見ると、
大写しになった目覚まし時計が目に入った。
ミッドナイトブルーの背景に帽子の後姿じゃなかったのか?
ディスクを間違えたと気づいたときは遅かった。
二本のスピーカーの間に張られた夜の闇を破って、
眩しいほど騒がしい目覚まし音が、
800Diamondの全ユニットから裏切りのように鳴りはじめた・・・・・・

by pansakuu | 2013-02-02 14:54 | オーディオ機器